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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter5“vanguard:king of *****”
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girl teacher

 仁吉はいつの間にか横にいた少女のほうを見た。年の頃はまだ小学生くらいに見えるが、落ち着きがあって、纏う雰囲気はとても大人びている。

 少女は仁吉をじっと見つめた。


「まずは解説から読んだらどうかしら?」

「あ、ああ……。それもそうだね」


 展示品の横にはしっかりと解説用のパネルがある。そこにはこう書かれていた。


『御影氏が旗指し物として使っていたもの。

 “天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず。国を固むるに山谿の險を以てせず、天下を威すに兵革の利を以てせず”

 と読む。中国の戦国時代の儒家の書『孟子』の一節である』


 少女はその解説を読んで、


「不親切な解説ね。なんと書かれているか、出典が何であるかなんてことよりも、その言葉にどういう意味があるのかのほうが大事だというのに」


 と棘のある言葉を口にした。


「ええと、じゃあ君は……」

勇水(いさみ)よ。高槻(たかつき)勇水」

「……イサミちゃんは、どういう意味か知っているのかい?」

「ええ」


 頷いたがその言葉の続きはない。仁吉が勇水のほうを見ると、勇水は目に小さな怒りをこめた。


「相手が自分より年下でも、知らないことを教えてもらうなら相応の態度というものがあるのではなくて?」

「そうだね。教えてもらえますか、イサミ先生」


 丁寧に言い直すと勇水は年相応にくすりと笑って満足げに頷いた。


「天の時というのは幸運、地の利は地形の有利、そして人の和というのは君主と臣下の心が一つになっていて適材適所の登用がされている状態を指すのよ。運に頼っていては堅牢な城や天然の要塞は落とせない。だけど国中の人間が一丸となって挑めばどんな城でも攻め落とせないということはない、ということよ」

「なるほど」

「そして――国を固むるに山谿の險を以てせず、天下を威に兵革の利を以てせずというのは、だから人の和があれば地形に頼って国を守る必要もなく、天下の主催者となるために兵を用いる必要もないというのがこの言葉なのだけれど」

「けれど?」

「自ら戦争を起こして烏丸氏を滅ぼした御影氏がこの言葉を語るのは皮肉だと思わないかしら?」


 そう言われると仁吉は、確かにと思う。


「そもそもこれは、別に戦争の極意を表した言葉ではないのよ。少なくともこれを発した当人にとってはね」

「そうなのかい?」

「『孟子』は儒学者よ。つまりは理想を語り、理想に生きてきた人たちなの。これを言った孟子という人は、名君が賢臣を正しく用いれば国は治まり自ずと天下に君臨出来る。それをせずに武力を高めることばかり考えていてはいけないと言いたかったの」

「それはいけないことなのかい?」


 仁吉は、本当は全くそんなことは思っていないのだが敢えてそう言った。勇水がどう返してくるかが気になったからである。


「現実を見ずに理想を語ることは悪なのよ。現実を見ずに夢想に耽るよりは少しましというくらいの悪ね」


 そう言われて仁吉はどう返すか言葉に困った。夢想というのが夢を見るということだ、というのは分かったのだが、仁吉にとってはその言葉と理想とがどう違うのかが分からなかったのだ。


「人の上に立つ者が夢を見るのは悪なのよ。“爵(ますま)す高ければ志を益す下げ、官益す大なれば心を益す小さくし、禄益す厚ければ益す(ひろ)く施しをせん”。これこそが人のあるべき生き方なの」

「ああうん? 施しをしなさいは分かるけれど、志を下げるとか心を小さくするというのはよくないのでは?」

「ここでいう志は野心、心とは個人的な感情のことを言うの。爵位高く高官にある者は自分の欲望を戒めて滅私奉公するべきであり、そうでなくては人の怨みを買うということよ」

「それはつまり、ノブレス・オブリージュみたいなものかな?」


 仁吉がそう聞くと勇水は困った顔をして、それは何かと聞いていた。

 仁吉は自分の記憶を動員しながら、


「確かフランス語で……身分の高い人にはその身分の高さに応じた社会的責任がある、という言葉だったはずだよ」


 と説明した。説明しながら仁吉は、自分は何とも言葉というものを曖昧な理解のままに使って会話をしたいるものだと少し恥ずかしくなってきた。


(僕なんかよりイサミちゃんのほうがよっぽどしっかりしてるな)


 最近の小学生は凄いなと、仁吉は感心していた。

 勇水は仁吉の説明を聞いて、そうね、と頷いた。

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