白斗山の戦い
白斗山の戦いは千五百十一年に起きた戦いである。
当時、坂弓一帯を治めていた烏丸氏が西で勢力を持っていた御影氏に攻められたのだ。
御影氏が坂弓に侵攻して来た理由には諸説あるのだが一番有力なものは勢力拡大により新たな地盤を求めたためと言われている。
それ以前に御影氏が有していた地は綽科と呼ばれるところであり、ここは平野で交通の要衝であったが土地は貧しかった。それに対して坂弓は肥沃の土地であり家臣を養いさらなる領土拡大のために侵攻してきたとされている。
当然ながら烏丸氏は反抗した。
そこでまず行ったのが白斗の地の守りを固め、白斗山の頂上にある白斗城に兵を送ることであった。
白斗もまた、東西北の三方につながる運河があり、街道の交わる要地である。御影氏が大軍を展開して坂弓を攻めるためには必ず白斗を通らねばならず、白斗城を素通りしてしまえば後背を突かれたり補給路を絶たれるおそれがあったので何としてでも落とさねばならない城であった。
逆に、烏丸氏にとっても白斗城が奪われてしまえば一気呵成に御影氏の大軍が坂弓になだれ込んでくるため、何としても死守しなければならない。
つまりこの城の攻防の行方がそのまま両氏の勝敗につながるのである。
烏丸氏は堅守した。白斗城には東西南北に歳星、太白、熒惑、辰星という四つの砦があり、いずれもが攻めにくい造りをしていたのである。
東の歳星砦はそこへ続く道は比較的なだらかではあるが山道には逆茂木と呼ばれる騎馬の侵入を防ぐための杭が地面に打ち込まれていた。
西の太白砦は頂上へ続く道に断崖が立ちはだかり、その上に兵が待ち受ける天険であった。
北の辰星砦は大軍の展開も用意な一番攻めやすい砦である。現に白斗山の戦いの中でもこの砦は何度も御影氏に奪われている。しかし歳星砦には付近に水源がなくここを拠点に他の砦や頂上の白斗城を攻める足がかりとするのが困難であった。そのために烏丸氏に奪い返されてもいる。
南の熒惑砦には道がなく、攻めるには道無き道を切り開いていくしかない。しかもその山中には幾つもの隧道――抜け道としてのトンネルがあり、予測困難な位置から奇襲を受けることを警戒しなければならなかった。
「……なんか、それホントの話?」
ここまで泰伯の説明を聞いて彷徨は眉をひそめていた。その反応に泰伯も、まあ気持ちは分かると目を伏せて頷いている。
「御影氏の記録にはそうある。一応、逆茂木の跡は見つかってるし西側には今も切り立った崖があるんだけどさ」
「けど?」
「……正直、熒惑砦から山の中にいくつもトンネル作って抜け出して奇襲、とかは嘘じゃないかと思ってるよ」
「まあ、いかにも軍記物っぽいというか創作めいているというか――眉唾ではあるね」
泰伯の意見に天珠も笑いながら頷いている。
歴史物や軍記などには地下からの侵入、または抜け道というものが往々にして出てくる。しかしそれを現実に作る技術や手間を考えると、少なくとも山城一つの一方面の守備のためにそれだけの労力を費やすだろうかというのが現実的な観点であった。
「というか、地質調査とかしてれば分かるんじゃないのかい? もぐらみたくあちこちに抜け穴を掘って維持するなんて、地質が緩々ならまず無理だろう?」
「ええまあ……一応、白斗山は硬質地盤なので、理屈上は可能、という話ではあるらしいです。ですが……」
天珠の質問にそう答えてまた泰伯は口ごもった。
「地質が硬いということは開削が困難、ということでもあるよね」
「そうなんですよね……」
泰伯は複雑そうな表情を見せた。隧道があるというのはおそらく創作か、御影氏側はそう思ったという話なのだろうと泰伯も思っている。そして少なくとも烏丸氏側の記録に熒惑砦の隧道について言及しているものはない。
しかし、本当ならばロマンがあるという気持ちもあるので泰伯の反応は煮え切らないのだ。
「じゃあさ、今からそのケイワク砦ってとこ見に行ってみない?」
彷徨がそう提案した。しかし泰伯は目を細める。
「あのさ、僕の話聞いてたか? 熒惑砦にはそもそも道がないんだよ。今も山道なんて整備されてないから素人が着の身着のままでいったら間違いなく遭難コースだぞ」
「ん、でも砦跡とかもないの?」
そう言われて泰伯は、言われてみればという気になった。しかし調べようにも今泰伯たちがいるところは電波が届かないためスマートフォンで調べてみることも出来ない。
どうしたものかと歩いていると、分かれ道に行き当たった。そこには左右に看板があり、右の看板には『この先歳星砦跡』とあり、左の看板には、
「……あるな。熒惑砦跡」
はっきりとそう書いてあった。
泰伯と彷徨は顔を見合わせ、左に行ってみようということになった。