berserk girl
夜中。突然蒼天の元にやってきた龍煇丸は、匿ってくれと言い出した。事情は分からないがひどく疲れ切っている。
明らかにただ事ではないのを感じとった蒼天はとりあえず龍煇丸を部屋に入れた。
これまでも龍煇丸が蒼天の――悌誉の部屋に来たことはある。だいたいは検非違使としての任務がある時に呼びに来るのだが今日はどうもそういうわけではないらしい。
そして今、龍煇丸は――無心で食事を頬張っていた。
カップラーメンが二つにカップ焼きそばが三つと目玉焼き。そして蒼天が夕飯のあまりの米で作ったオムライスである。
悌誉の家の冷蔵庫は一気に空になった。
わけもわからず部屋に連れ込んだ龍煇丸の腹の虫が盛大に鳴り、悌誉が、
『……何か食べるか、琉火ちゃん?』
と言ったの皮切りに龍煇丸は次々と出されただけの料理を食べ始めたのである。
「すいませんね悌誉さん。いきなりお邪魔してごちそうになっちゃって」
「いや、私はいいんだけど」
悌誉は気遣いなどではなく本心からそう言った。
ちなみに龍煇丸は悌誉の事情――“鬼名”を持ち、傀骸装が出来るということを知っている。蒼天が正式に検非違使の手伝いをすると決まった時に話したのである。
龍煇丸の反応はあっさりとしたもので、へーそうなの、の一言で終わった。
「蒼天も悪いね。オムライス美味しかったよ」
「まあそれはよい。前には桧楯に……」
そう言いかけて蒼天は急に動揺を見せた。
悌誉がどうしたのかと聞くと、
「……桧楯に金返すの忘れておった!!」
と叫ぶ。
蒼天は前に悌誉と戦った後に桧楯から五千円を借りていたのだ。いずれ返そうと思っているうちに色々なことがあり、今の今まで完全に失念していたのである。
悌誉は蒼天の肩に優しく手を置いた。
「借りる八合済す一升、って言うからな。元金に菓子折りでもつけて返すくらいはしたほうがいいと思うぞ」
蒼天は真顔で頷く。桧楯は今日、蒼天が万札はたいてハムゾラを買う場にも居合わせている。その時は何も気にしていなかったが桧楯の心境を思うと今更ながら背筋から冷たい汗が流れてきた。
「なんだ、桧楯から金借りてたのか? じゃあ飯のお礼もあるし俺も一緒に謝ってやるよ。何、ちゃんと返せば桧楯だって怒らないさ」
「……すまぬ。頼んでよいか?」
上目遣いで聞いてくる蒼天に龍煇丸は満面の笑みを浮かべて頷いた。その反応に蒼天は少しだけ気が楽になった。
「まあ、金の貸し借りの話はとりあえず置いておくとしてだな。どうしたんだ琉火ちゃん?」
悌誉は龍煇丸のことを戸籍上の名前である琉火と呼んでいる。理由は、使い分けるのがややこしいからだ。
「そうじゃの。匿うのはよいが、何から匿うかくらい教えてはもらえんかの?」
「兄貴と親父」
龍煇丸はあっけらかんと言った。
蒼天と悌誉は顔を見合わせる。こういうのを世間一般では、家出と言うのではないかと。
「……なんじゃ、喧嘩でもしたのか?」
「そういう時は素直に謝ったほうが後々を考えると楽だよ琉火ちゃん」
二人は優しく、諭すように言う。特に、かつては兄がいた悌誉の言葉には重みがあった。
しかし龍煇丸は困ったような顔をしてどう説明するかを考えた。
「あのさ。俺が昔、ヤバい組織の実験台だったって話したよね?」
「そういやそうであったの」
蒼天は軽く流すが悌誉は初耳であり、驚きとともに龍煇丸を労るような眼差しを向けた。
「悌誉姉。別にそう同情するような話ではないぞ。本人がこのとおり何とも思っておらんのじゃ。他人が勝手に哀れむことはあるまい」
「……そういうものなのか?」
「悌誉姉だって今は逞しく生きておるのに、赤の他人から親がいなくて苦労してそうだとか可哀想といって感傷に浸るための道具にされるのは嫌であろう?」
そう言われると悌誉ははっとなって龍煇丸に謝る。しかし龍煇丸は本当になんとも思っていないので、別にいいよと軽い調子で答えた。
「んでさ。まーそいつら――鬼方士ってんだけどさ、そいつらにまだ残党がいたのが分かってさ。独断で潰しに行こうとしたら親父と兄貴にバレそうなんだ。つーわけで匿ってくれ」
説明されてもやはり二人には龍煇丸の言わんとするところが分からなかった。