encounter with my tiger
突如として眼前に現れた蛇の怪物。
大口を開けて自身を丸のみにしようとするそれを、仁吉は間一髪で避けた。
変わりに、ちょうど先ほどまで仁吉がいたあたりの廊下と壁に大穴が開く。木造の床とコンクリートの壁面を、蛇の怪物はまるで落雁でも齧るように容易く噛み砕いていた。
(なるほど。気を付けて来いというのはこういうことか。でも校舎の中なら遮蔽物も多いし……こいつからは、ターグウェイとやらほどの重圧を感じない!!)
屋上への道筋を確認し、校舎の中を走りながら仁吉は思う。
危機感が麻痺していると。
人間の体より固いものをあっさりと噛み砕く咬合力を持った怪物を前にして、これくらいならなんとかなるかもしれないと思えるなど、一週間前の仁吉では考えられなかった。
仁吉の何かが変わったわけではない。
ただただ、もっと怖いものを見たからそれよりはマシだというだけの話である。気を抜けば死ぬといえことも、必死にならなければ助からないということも変わらない。
ただ、絶望感が少し減っているに過ぎない。
しかしたったそれだけのことでも、周りを見て冷静に考えるための余裕が出来たという意味では利点だった。
例えそれが錯覚だとしてもだ。
(ここが二階で屋上は三階。あいつは屋上に上がる階段の方から追ってきてるから……手近の階段で三階に上がってから、渡り廊下を越えて三階の教室の前を突っ切るか!!)
坂弓高校の校舎は二つの棟からなっており、各階の端は渡り廊下で繋がっている。
玄関口があり、一階から各階に一年、二年、三年の教室がある東棟。屋上があるのはこちらの棟で、その階段は一番北にある。南側にも階段はあるが、そちらは一階から三階までにあるだけで屋上までは上がれない構造だ。
そしてもう一つが、仁吉が今いる西棟だ。
こちらは生徒会を含む委員会のための部屋があり、他には音楽室、家庭科室などの授業で使う部屋が二階と三階に、一階が職員室になっている。
このうち、風紀委員の部屋は西棟の真ん中の部屋であり、仁吉がさしあたって目指しているのは西棟の南側の階段だ。
蛇の怪物は走る仁吉を、宙を蛇行しながら迫ってきている。その速さは意外と緩慢で、仁吉が全速力で走ればぎりぎり追い付かれないくらいだ。
そして階段が見えてきた。これをかけ登れば目的地に大きく近づく。
その時だった。
蛇の怪物は一気に仁吉の頭上を飛び越えて階段を食らった。三階に上がるための部分から踊り場までが一気に瓦礫の山と化し、しかも仁吉の前に立ちふさがる形だ。
(くそ、なら逆側の階段から……)
足を止めて反転しようとする。
その前に、蛇の怪物が仁吉に襲いかかる。巨大な長い体で巻き付かれてしまった。
「ぐ……がっ…………!!」
全身の骨が軋む。
圧倒的な力の差。かろうじて、一息で潰されることだけは免れたが、それも時間の問題だ。
(くそ、こんなの……)
為すすべがない。
必死になって抗うが、それはただ仁吉が死ぬ時間を僅かに遅めているに過ぎない。
そして何よりも、先に気力のほうが折れそうになっていた。大型のトレーラーを一人で押そうとしているような不毛な行為を、望みもないのに続けなければならないということに、諦めるという選択肢が仁吉の頭を過った、その時。
獣の咆哮を聞いた。
足を止めるな
その先に 絶望しかないとしても
生き続けろ
生きることは 呪いだとしても