the wheel turner_4
蒼天は口をへの字に曲げながら、悌誉の用意した和紙に筆ペンで『命名 ハムゾラ』と書いていた。
蒼天はとても不服そうな顔をしている。しかし全員で決めようといい出したのは蒼天なので今さらそれをなかったことにはしない。
「ほーらハムゾラちゃん。ご飯だよー」
「おーハムゾラ。なんかして欲しいことあるかー?」
「二人ともあまりハムゾラを甘やかさないでくれよな」
「しかしこうして見るとほんとに飼い主とそっくりッスねハムゾラさん」
その横では玲阿たちがハムゾラに構いきりになっている。もう完全にその呼び名で浸透していた。蒼天はとても複雑な心境であった。
蒼天がハムゾラを連れてきた時には冷静に説教していた悌誉までも今や普通にハムゾラのことを受け入れて可愛がっている。
名前を書き終えた蒼天は複雑な心境でハムゾラを見る。そこにはつやつやの毛並みの小動物がくりくりとした愛らしい瞳で無心にヒマワリの種を齧っていた。
「……こ、こやつめ。駄目じゃぞそんな目で見ても。や、やめんか。そんな媚びるような視線に余は絆されん。絆されぬからのーっ!!」
「衝動買いした人がなんか言ってるッスね」
そう言いながらも蒼天はまだハムゾラを遠のけている。玲阿と忠江は顔を見合わせ、ハムゾラをケージから出して蒼天に近づけた。
「ほーら、ハムゾラちゃんのほっぺたもふもふだよー」
「素直になれよヨッチ。ホントはぽよぽよしたいんだろ?」
「くっ、やめい玲阿、忠江。余は、余は……」
蒼天は口だけは抗っている。しかしその手のひらにはすでにハムゾラがちょこんと乗っていた。
「小動物って人間には軽い力のつもりでも受けるストレスが多いから優しく撫でるんだぞ」
悌誉は桧楯にスマホを借りて色々とハムスターを飼う時の注意点などを調べさせてもらいながらそう口を挟んだ。
なんだかんだで悌誉も乗り気である。
「何々、餌は人参などの硬い野菜でもいい。水は毎日替えること。なるほどな……」
「楽しそうッスね悌誉さん」
「まあな。昔からペットを飼うのは夢だったんだ」
悌誉は表情をほころばせている。それでいて調べた内容は真剣な顔をしてメモを取っていた。そこには既に追加で買う用のケージや中身などのリストが一覧化されている。
やるとなると凝りだす性格だなと桧楯は思った。
「いやー、しかしなんかこうなるとよっちゃんのとこに頻繁に通いたくなっちゃうなー」
玲阿が何の気なしにそう言った。
その言葉に蒼天は愕然とする。
「……そんな。余よりもこんなちっこいげっ歯類のほうがよいというのか」
「ち、違うのよっちゃん。決してそういう意味じゃなくて……」
途端に玲阿は焦りだす。
「こんなやつの何がいいというのじゃ!?」
「蒼天さんが買ってきたんスよ?」
「こんな、こんな……小さくてもふもふで瞳が愛らしくてヒマワリの種をかじる姿に愛嬌があるくらいの生き物のほうが余よりも愛しいというのか!?」
「ボロ負けじゃないッスか」
桧楯は冷静に辛辣に突っ込みを入れているが蒼天の道には入らない。
そして玲阿も、まるで浮気がバレた時のような表情で青ざめながら蒼天に弁解をしている。
その横で忠江はハムゾラを手に乗せて玲阿に近づけた。
「ねえレアチ、ヨッチより私のことが好きハムよね?」
忠江は裏声を出して玲阿を誘惑した。ハムゾラの、黒曜石のように輝くつぶらな瞳が玲阿を見つめている。
「……ダメだよ、ハムゾラちゃん。私にはよっちゃんという親友が」
「じゃあ私のもふもふはいらないハム?」
「う、うう……」
「玲阿、惑わされるでない!! こんなもふもふが……もふもふがなんだというのじゃ!?」
そう言いながら蒼天と玲阿は人差し指で優しくハムゾラの背中を撫でていた。当のハムゾラはふてぶてしく、まあ仕方がないなというような無機質な顔でされるがままにしている。
「……悌誉さん。私たち、何見せられてるんスかね?」
「いつものことだよ。微笑ましいじゃないか」
平然とそう言う悌誉を見て桧楯は、大人だなと思った。
そして小一時間ほどハムゾラを可愛がってから三人は帰った。
二人は洗い物や部屋の片付けをしている。
そしてやることを終えたらまたハムゾラを構おうとしていたその時に、呼び鈴がなった。
「悪い蒼天、ちょっと出てくれ」
悌誉に言われて蒼天は扉を開ける。
そこには、疲れ切った顔の龍煇丸がいた。
「……悪い蒼天。ちょっと匿ってくんない?」