the wheel turner_3
「えー、それではこれより第一回、ヨッチの飼いハムちゃんの名前決めコンベンションを行いまーす!!」
「……頼むから第一回で終わってくれよ」
忠江は拳をマイクに見立てて叫ぶ。玲阿と蒼天がぱちぱちと拍手をする横で悌誉は気の重そうな顔をしていた。
蒼天の買ってきたハムスターなので名前は蒼天が付ければよいのだが、蒼天は、
『どうせならば皆に意見を出してほしい。よい名前をつけてやりたいからの』
と言い出したのでこのような形になったのである。
「さーて、つーわけでトップバッター誰やるよ?」
「うむ、無論ここは飼い主の余からいかせてもらうとしよう。余の考えた名前は――これじゃ」
何故か悌誉の部屋にあったホワイトボードを使い、蒼天が自分の考えた名前を書き込む。そこには『熊審』と書かれていた。しかし悌誉以外には読めなかった。
「ええと、くましんちゃん?」
「え、つーか今更だけどこの子メスなの?」
「メスだったはずッスね」
しかしその意味が分かる悌誉は蒼天に近づいて小声で言う。
「……おい。これ、確か前世のお前の息子の名前だろ? ちょっと趣味が悪すぎないか?」
熊審とは楚の荘王の次代である共王という君主の氏名である。
「いや、その……前世では何もしてやれんかったから、せめてあのハムを審に見立てて可愛がってやろうかと」
「まあ、共王って荘王のせいでかなり苦労してるからな」
その言葉に蒼天が肩を落とす。自覚はしっかりとあるらしい。
「ま、とりあえず次は悌誉さんお願いしまーっす!!」
そんな二人の会話をぶった切って、忠江はホワイトボードを悌誉に回す。悌誉は少し考えてから、『於菟』と書いた。
「……なんで姉妹そろって難しい漢字使いたがるんですか?」
「というか……よっちゃんのはまだ読めたけど、読めないですよ」
「於菟ッスね。虎の言い換えなんスけど……ハムスターにつける名前ッスか、これ?」
桧楯にそう言われて悌誉はついムキになってしまった。そして、
「じゃ、じゃあ桧楯ちゃんならどうするんだよ!!」
と言ってホワイトボードを回す。桧楯が頭を悩ませた末に書いたのは、『ナタク』だった。
「なんか聞いたことあるような気がするけど……なんだっけ?」
「確か『封神演義』じゃね?」
玲阿と忠江がそう話している横で悌誉は、負けた、というような悔しそうな顔をしている。心境は不明だが於菟よりもナタクのほうが向いていると思ったらしい。
「というか今更なんじゃが、余たちずっと中国系ばっかじゃの」
蒼天が小声で悌誉に言う。
「最初に言い出したお前が言うなよ……」
「いや、そうじゃなくての。やっぱり余が決めなくてよかったのー、と思って。冷静に考えれば息子の名前をハムスターにつけるとか人としてどうかと思うし」
なら意見として出す前に冷静になってくれ。悌誉がそう思っている時にはホワイトボードは玲阿に回っていた。忠江は色々と破天荒なところがあるので、玲阿が一番無難な名前を出しそうだ。忠江以外の三人はそう思いながら玲阿を見ている。
そして玲阿が書いた名前は『ハム子ちゃん』だった。
前三人の凝りようからかけ離れた無難で、分かりやすい名前である。
「さすが玲阿じゃ。シンプルでわかりやすいの」
「もう、これでいいんじゃないか?」
蒼天と悌誉は絶賛した。
「親って割と子供が一生その名前を抱えて生きてくってこと考えずに名前つけるッスからねー。やたらと凝られても無駄に読みにくかったり画数が多くてなかなか覚えられなかったり不便なんスよね」
そして桧楯は、頬杖をついて遠い目をしている。自分の名前に対する感情が含まれているような気がしたが、蒼天たちは敢えてそこに触れようとはしなかった。もっとも、そんなことを口にする桧楯がつけようとした名前はペットにつけるには似つかわしくない『ナタク』だったのだが。
だが、流れとしてはこのまま『ハム子ちゃん』で決まりかけている。そこに忠江が待ったをかけた。
「まだ私のターンがまだじゃんかよ。めちゃくちゃいいの考えたんだから私にも出させてよ」
「あ、そうじゃった。すまんの忠江。いちおう聞くだけ聞いてはやろう。割と今、余の心の天秤はハム子に傾いておるがの」
「はー、言ったなこのやろー。そんじゃ恐れ慄いてみるがいい、いっちばんピッタシのジャストネームつけてやっからよー」
忠江は憤慨しながらホワイトボードに字を書き込む。
そして出された名前は――『ハムゾラ』だった。
「……はむ、ぞら?」
蒼天はぽかんとした表情でホワイトボードの文字を読み上げた。しかし忠江以外の三人は腑に落ちたような顔をしている。
「ハムゾラちゃんがいいと思う人は手ぇあげてー」
忠江が言うと、玲阿、悌誉、桧楯はまっすぐ手を挙げた。
こうして、蒼天の飼いハムスターの名前は『ハムゾラ』に決まったのである。