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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter5“vanguard:king of *****”
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中国古代史考:匈奴征伐

「さて、漢の匈奴政策についてだが……。二人とも、中島敦の『李陵』は読んだことはあるかね?」


 高明は唐突にそう言った。泰伯はありますと答えたが仁吉はないと答えた。


「山月記ならあるんですけどね」

「まあ大体の高校生はそうだろうさ。授業でやるからね」

「山月記が短編集の中の一つなんでしたっけ?」

「ああ。『山月記』の他には『李陵』、『弟子』、『名人伝』の三つだね」


 そう言って高明は黒板にそれらを書いた。この板書は必要なのだろうかと思いながら仁吉はそれを眺めている。


「まあ、気が向いたなら読んでみたまえ。無理にとは言わないがね」

「……分かりました。それくらいの勧められかたならこちらも気が楽です」


 仁吉は前に早紀の姉にしつこいくらいに強く三国志を推されたことをまだ根に持っていた。


「教師が自分の価値観を押し付けて、これは名作だ、これこそ文学だと本を選定して押し付ける行為ほど人を読書嫌いに走らせるものはあるまい」

「……現国古文教師の台詞ですかそれ?」


 高明は歴史学者か、せめて社会の教師になったほうが良かったのではないかと仁吉は思う。だいたい、現代文の授業とはまさに高明が嫌悪するようなものではないかと思っていた。

 その意見を口にすると何かのスイッチが入ったらしく、高明は珍しく感情的になって声を荒げた。


「そうだとも。まったく、この世に文学国語の授業ほど無意味なものもあるまいよ。そしてそれを名分に特定の本に限った読書感想文という因習を押し付けて学生の心に消えないトラウマを刻みつけていくものさ」

「……あの、もしかして先生、なにか私怨入ってませんか?」

「そう大したことはないさ。ただ高校二年の夏休みの読書感想文に夏目漱石の『こころ』を出した現国教師に対して些か思うところがあるに過ぎないさ!!」

「思い切り私怨では?」


 今まで常識的でいい先生だとしか思っていなかった高明への印象が仁吉は少し変わった。高明が前に仁吉に語った勉強についての考え方についても、このことが関わっているのではないだろうかと思う。


(まあこの人は別に、そういうところを日常的に出すわけじゃないから別にいいんだけど……。人間、誰にでも逆鱗はあるんだな)


 そんなことを仁吉が考えていると泰伯が、


「それはともかく、匈奴の話をしたほうがいいのでは? このままだと中島敦の話になりそうですけど?」


 と高明に言った。高明も思わぬところから対感情的になってしまったと反省し、二人に詫びた。


「では、気を取り直して匈奴の話といこう。漢の七代皇帝、武帝の代になって漢は方針転換をした。匈奴との和平を止め、外征を行うことを決めたのだ」

「なんでいきなりそんな風に方針転換したんですか?」

「武帝という君主の性質というのもあるだろう。だが、武帝の父と祖父の代は漢が穏やか……比較的穏やかな時代だったので、国力が充足していたというのもある」

「……それなりに物騒で息苦しい時代だったような気もしますけれど」


 泰伯は高明の、比較的穏やかという表現に対してそう言った。高明もそういう認識はあるので困ったような顔をしたが、今はあくまで中国古代史ビギナーである仁吉に匈奴についてかいつまんで説明する場であるのでこの表現で通すことにした。


「まあ、武帝が即位した頃は漢が最も豊かだったんだ。国庫には数え切れないほどの貨幣があり、蔵に収めきれずに外で保管していた食料を腐らせてしまうほどに裕福だったとされている」

「……なんですかそれ? 誇張表現なら大げさですし、事実だとしたら普通に公務員の怠慢では?」


 現代に例えるならば財務省が国家の資産を正確に把握しておらず、農林水産省や総務省が備蓄食料の保管をしっかりと出来ていないということになる。


「まあ、豊かさを表す例えだろう。仮に事実だとしても、紀元前の官僚体制に完璧を求めるのも酷な話だ、と思わなければなるまい」

「まあ、それもそうですね」


 仁吉はそう言って納得した。

 そもそもこれまでの話からして、出てくる軍隊の規模からして明らかに兵数がおかしい気がするので、針小棒大なのはお国柄なのだろうと思ったのである。

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