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泰伯が横に構えた剣を黒い嵐が纏い、やがて掌に収まる大きさの珠となる。
そこから噴き出た黒い光が泰伯の全身を包みながら、やがて天にまで届かんばかりの光の奔流と化していく。
『なんじゃ、これは? こいつの魔力が、上昇していく……』
空へと立ち昇る光。しかもそれは泰伯のいるところだけでなく、他の場所でも起きていた。
校舎の中から。
裏山から。
それぞれ、白と赤の光の柱が発生している。
蜘蛛の怪物には何が起きているかわからない。ただ一つだけ、泰伯は自分にとって脅威足り得る敵だということだけがわかるのみだ。
蜘蛛の怪物は地面に倒れ伏す野球部員たちを飛び越えて、泰伯の喉元をその長い足で貫こうと襲いかかる。
しかし遅かった。
「虚を断て――無斬!!」
泰伯が叫べ、刀を引き抜くような動作で黒い珠を振るう。
その余波で蜘蛛の怪物はグラウンドの一番端のほうまで吹き飛ばされた。
泰伯の手にあるのは、刀身が黒い直剣。
銘を――無斬。
『おのれ、若僧が……』
蜘蛛の怪物がそう叫んだとき、泰伯は既に蜘蛛の怪物の腹の下にいた。
先ほどまで泰伯が立っていたのはグラウンドの一番校舎寄りの場所で、蜘蛛の怪物が吹き飛ばされた場所までは優に百メートルはある。それだけの距離を泰伯は十秒に満たぬ時間で駆け抜けていた。
人間の速さではない。
そして、それだけの速さで走ったというのに、息一つ切らしていない。
「時間がないんだ。さっさと終わらせてやる!!」
そう叫んで、三度剣を振るう。
最初の二撃で蜘蛛の怪物の前足二本が体の付け根から切り落とされた。
腹の下に潜り込んだといっても、蜘蛛の怪物の胴体は泰伯の身長の倍以上の高みにある。対して無斬の刃渡りは七十センチほどだ。
逆立ちしても届かない高さへ、泰伯は跳躍すらせず地面に足をつけたままで刃を通したのである。
そして三撃目は、蜘蛛の怪物の腹を切った。
「流石に、体は固いか」
しかしこちらは、蜘蛛の怪物の外皮をわずかに裂いたのみで致命傷には至っていない。
「なら次だ!!」
引き続き剣を振るおうとする。
しかし蜘蛛の怪物は残る六本の足で器用に素早く動き、泰伯と距離を取った。
『人間の分際で、それも――検非違使ですらないただの学生風情が!! 儂の足を切り落として、体に傷をつけただと!? ふざけるな、ふざけるな!!』
「茨木泰伯だよ。別に覚えなくてかまわないさ。お前には――名を呼ばれるだけでも気分が悪い」