中国古代史考:戦国後期
「さて、秦と斉の東西二強の時代は、やがて斉の凋落によって終わりを迎える。五ヶ国の連合軍が斉を攻め、斉は一気に滅亡の窮地に陥ったからだ。当時、斉は武力に物を言わせて増長していた。しかしそれがために他国の不満を買い、諸国は連合して斉を攻めた。だがそれは結果として秦が一強となる遠因を作ってしまったのだ」
「いやまあ、二つの大国のうちの一つを諸国総出で潰しにかかればそうなるのでは?」
当然の流れだろう、と仁吉は思った。
しかしここで如水は先ほどの――春秋時代の話を思い出す。
「ん、でもこれってここから秦が内ゲバか下剋上始める流れでは?」
「まあ、そうなりかけたと言える。しかしならなかった。いや……起こりはしたが大ごとにならなかったと言うべきか」
高明は少し考えながら、とりあえず順を追って話すことにしようと決めた。
「とりあえず前提として、当時は覇者というシステムがなくなった代わりに、強国が現れて増長しだしたら諸国は連合してその国を叩く、という流れがあったと思ってくれ」
「出る杭は打たれるということですか」
紀恭が口を挟むと高明は頷く。
「斉の凋落はその最たるものであり、秦が強大になればまた諸国が連合して攻める、という流れになるはずだった。しかしこの時、秦には白起という名将がいた。戦いに出れば負け無し、その生涯に総勢八十万を越える軍勢を倒し、落とした城は大小合わせて六十を優に越えるという規格外の将軍だ」
「人も城も数字おかしくないですか?」
仁吉は最もな質問をした。
「……まあ、歴史書の記録の上では、という話です。たぶん実数はもっと少ないと思いますよ?」
泰伯はそう言った。その数字は疑わしいが、それはそれとして本当ならその戦歴にはロマンがある、という複雑な表情である。
「しかし、規格外に強い将軍であったことには違いない。そしてその強さ故に次第に諸国間の力関係は秦一強となっていった。しかし一方、対外的には脅威であった秦も国内には不安を抱えていたんだ。というのは、先ほど南茨木くんが話したようなことでね。というのも、この時の秦王は幼少で即位したために実母と叔父が実質的に政治を行っていた。しかも白起はその叔父の派閥の将軍だったので、必然的に叔父の権力は強くなる」
「……つまり、またパワーゲームが始まると?」
仁吉が食傷気味に聞いた。しかし高明その問いかけを否定する。つまりそうではないらしい。実際、先ほど高明は、なりかけたと言った。
「この頃の秦に范雎という説客……つまり、自説を売り込んで仕官を求める在野の士が訪れた。范雎は秦王に、国家の政治は君主が行うべきと言ってついに秦王の叔父を追放してしまったんだ。それに際して表立った争いは起きていないので秦が内乱で弱体化することもなかった。この時の秦王は世界史にも出てくる始皇帝の曽祖父なのだが、范雎の存在がなければ世界史の教科書からして、我々の知るものと異なる道を辿っていたかもしれないな」
始皇帝は流石の仁吉でも分かる。そういう、世界史の教科書にも出てくる名前があがったことでようやく、少し話の内容が分かるような気がしてきた。