中国古代史考:戦国前中期
「まずは前期だな。戦国前期は魏が強勢を誇った。文侯という名君が現れ、人材を広く集め富国強兵に励み、一気に大国となったんだ」
「それは、覇者になったってことですか?」
仁吉が聞くと高明は、少し違うな、と答えた。
「戦国時代に覇者という概念はほとんどない。春秋時代のような分かりやすい南北対立という構図もない。強国とは武力を持って他国を圧迫し領土を拡張した国という意味でね。春秋時代の特色は覇者という国家同盟の長の存在だが、戦国時代は逆に士の時代というべきだろう」
「と、いいますと?」
「それまではどこの国もだいたいは門閥政治だったのだが、より広い人材登用がなされるようになったんだよ。同時に、人の往来も盛んになり、有能な人物は士官を求めて諸国を往来するようになった。戦国時代の魅力とはこういう様々な人士の出現と言っていいだろう。とりわけ、中期に出現した孫臏という軍師は異色を放っている」
「といいますと?」
「てか、前期の説明もう終わりですか?」
仁吉と如水はそう言った。
春秋時代に比べて戦国時代の説明は駆け足だと感じたからだ。
「人材の動きに注目すれば戦国時代には鮮やかさがある。が、時代の流れという点では戦国時代は春秋時代よりも淡白だと思っている。まあ、これも個人的な意見だがね」
そう言って高明はちらりと泰伯のほうを見る。この中で一番詳しい泰伯はどういう意見かが気になったのだ。
「まあ先生の意見もわかりますよ。やはり戦国時代の魅力というのは人かだと僕も思います。とりわけ『戦国策』に現れる説客や戦国四君の下で輝く食客たちは多彩で魅力的かと――」
「で、そのソンピンとやらはどんな人なんだよ?」
仁吉は声を尖らせた。
どうにも脱線が多い。というより、泰伯にしろ高明にしろ、むしろその脱線を楽しんでいるようなきらいがある。
しかし知識的な基礎のない人間にはその楽しさは分からない。
高明も仁吉に指摘されるとすまなさそうな顔をして説明に戻った。
「孫臏は罪人でね。顔に墨を入れられ足を切られていた。入れ墨と足切りは当時では死罪に次ぐ大きな刑罰であり、人間として扱われないような身分だったんだ。しかしそんな人間であっても才能があれば登用された。価値観の変化というのもあるが、乱世がより混沌としてきたことが大きいだろう。建前や綺麗事よりも実利を重んじ、旧態依然としたままではいられなくなったということだな」
「そういうあたりは日本の戦国時代とも近いですね」
紀恭が言う。
「まあそうとも言えるな。さて、戦国時代には初期は魏が強くなり、中期には斉という国が強くなった。しかし後期……というよりも、正確には中期あたりからかな。東で勢いを増していた斉と並んで西で一気に強国となった国がある。それが、後に中国初の統一王朝を建てることとなる秦だ」