no matter whether be or not
仁吉と一緒に理科室に入った如水はそこに泰伯がいるのを見るとにこりと笑って近づいていった。
「おーす泰伯、元気してっか!?」
そして親しげに肩を組み出す。泰伯は少し困ったように力なく笑った。
「どうだ、副会長って大変だろー? 上にアクの強い会長がいると尚更に大変だろー? 蔵碓の面倒見るのはどうだ、なんか困ったことないか?」
「い、いえ別に。まあなんとかやっていますよ」
「そうか、優秀だなお前。いやー、偉いと思うぜ本当にさ」
如水は上機嫌になって泰伯の肩をばんばんと叩き始める。泰伯は少し痛そうな顔をして、愛想笑いを浮かべながら視線だけで仁吉に助けを求めた。しかし仁吉は無視した。
仕方なく茨木はやんわりと如水の手をほどこうとしたが、
「そんな、先輩だからって遠慮すんなよー。茨木仲間だろ俺たち?」
「始めて聞きましたけど!?」
二人の苗字は『茨木』と『南茨木』だから、ということだろう。しかし泰伯はそういうことを今までに如水から言われたことはなかった。
しかも如水は泰伯が、先輩相手に馴れ馴れしいのは失礼だから気後れしていると思っているが泰伯は純粋にどう接していいか分からず困っているだけなのだ。
(茨木の奴が押されてる。いい気味だな)
仁吉はそんなことを考えていた。泰伯はもう一度仁吉に助けを求める視線を送る。だが仁吉が反応を示すより先に如水は、泰伯と肩を組んだまま仁吉のほうを見た。
「そういや琉火に聞いたんだが、最近お前こいつと親しくしてるらしいな?」
余計なことしか言わないなあいつ。この場にいない龍煇丸に対して、仁吉は心の底からそう思った。それでいて泰伯も、
「ええ、そうですね。南方先輩には色々とお世話になりっぱなしですよ」
と、さっきまでの困った顔はどこへやらで嬉しそうに言うものだから仁吉はいっそう苛立ってきた。
しかし泰伯の言葉を如水は満足そうに聞いている。
「そりゃよかった。いやさ、色々あって生徒会長やれなくなっちまって、これでもそれなりに負い目感じてたんだよ。武庫之荘会長にも怒られたしさ」
と、話しながら如水は少し二人に対して申し訳なさそうな顔をした。しかしまたすぐに表情を明るくして二人に笑いかける。
「だけど蔵碓が引き受けてくれて、仁吉や泰伯みたいないい奴が補佐して今の坂弓がいい感じだから安心してんだぜ。つーかこれ、俺が会長やるよりよかったんじゃね?」
「あの、南茨木先輩。そんな、どっちとも答えにくいこと言うのやめてもらえませんか?」
泰伯は気まずそうな顔をした。
そうですねと答えれば如水に悪いし、そんなことはないと言っても蔵碓に悪いような気になるからだ。
「いや、そんなことはないさ。普通にお前がやってたほうが僕やそいつは楽だったと思うけれど?」
しかし仁吉はばっさりとそう言い切った。
含みのない仁吉の本音である。しかし如水は、そうかな、ときょとんとした顔で返した。
「あの、南方先輩は何かその……崇禅寺会長にご不満が?」
泰伯が気まずそうな顔をしておそるおそる聞く。仁吉は真顔で、
「昔から、あいつを見てると胃に悪いんだよ」
と答えた。
しかし泰伯と如水は何故そう思うのかが分からないらしい。
「仁吉はさ、もっと適当にやってりゃいいんだよ。蔵碓のことなら何があって死にやしないさ」
「それは僕もそう思いますよ。ですが、南方先輩は崇禅寺会長と一番付き合いが長いですから、僕たちとはまた違う心配があるのでしょう。それに、南方先輩は強い人ですから会長の心配が出来るんでしょう」
泰伯は仁吉の心配をそう捉えた。
「そういう意味では、南方先輩がおられるからこそ会長もああいう風に頑なに前だけ見ていられるのではないですか?」
その言葉で話の流れは綺麗に纏まりそうになった。
無論、泰伯にそんな意図はなく本心でそう思っているのだろうとは仁吉には不本意だが分かっている。しかし仁吉はその解釈は見当違いだと思っていた。
(僕がいようがいまいが、あいつは何も変わらないさ)
仁吉は蔵碓のことをそう思っているのだ。