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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter5“vanguard:king of *****”
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diviner in the library_5

 同じ日の昼休み。仁吉は図書室にいた。

 今まで読んでいた本を読み終えたので次に読む本を探しにきたのである。

 前に読んでいたのはミステリーだったので、次は何か毛並みの違うものに手を出してみようかと思っていたところ、不意に、宮城谷昌光という作家が目に入った。

 どこかで聞いたことがある名前だと考えて、前に泰伯に勧められた古代中国の小説を書いている作家の名前だと思い出した。

 泰伯の勧めに従うのは癪ではあるが、気にならないと言えば嘘になる。試しに読んでみようかと思ったが、どれを読むかで悩んだ。


「『孟夏の太陽』、『華栄の丘』、『長城のかげ』、『沈黙の王』……。このあたりは短編集か中編だな。長編となると……いや、最初は短編とかから入るべきか?」


 どれから読んだらいいのか、暫く考えていたが仁吉はまったく分からない。興味はあるのだが、それはそれとして古代中国というのは仁吉にとってあまりにも未知の世界であり、どこから踏み込むべきなのかが決められないのである。

 そう悩んでいた時にふと、前に図書室で古典教師の芦屋川(あしやがわ)高明(たかあき)から歴史研究会に誘われた時、高明は中国史が好きと言っていたのを思い出した。

 中国史といってもその歴史は長いので高明の専門と時代が被っているかは分からないが、次に会ったら聞くだけ聞いてみようと思った。

 そしてとりあえず今日は何も借りずに帰ろうとした時。

 貸出しカウンターに座っている図書委員長の千里山(せんりやま)早紀(さき)が無言で仁吉を手招した。


「どうしたんだい千里山さん?」 


 貸出しカウンターのほうに行くと早紀は無言で一枚の紙を差し出してくる。それは歴史研究会で行う講義のチラシだった。

 見出しからでかでかと、『キングダムで大沸騰、春秋戦国時代の国家と周辺地域について』という宣伝文句が書いてある。ちなみに講義の日付は今日である。


「……どうしたんだい、いきなり?」

「いや、実は前に高明先生から頼まれて置いていたわだけどね。気がつけば当日になっていて、しかもほとんど誰も持っていっていないんだ。だから一枚貰っていってくれないかい?」


 そう言われてカウンターの横を見ると、そこには同じチラシが積まれている。ざっと見た感じでも二十枚はありそうだ。

 思い返してみると、確か一週間ほど前から置かれていたような気がした。そしてその時の記憶と現状とではほとんど変わっていないなとも思う。


「まあ別にいいけれど」

「貰ったからには参加してくたまえよ」

「うん、まあいいよ。ちょうど高明先生には僕も聞きたいことがあったし」


 チラシにある春秋戦国時代というのは、仁吉の認識では紀元前中国の一時代の名称である。宮城谷昌光という人が舞台として書いている古代中国もそのあたりだろうと仁吉は思った。


「しかしミナカタくんがこうもすんなり受け取ってくれるとは思わなかったよ。歴史なんてあまり興味がないと思っていたからね」

「まあね」

「それがどういう風の吹き回しだい? この前あげた『孫子』にでも影響されたかい?」

「ああ、そう言えばあれもこの時代の本になるのか」


 仁吉にとって『孫子』は古い中国の兵法書、というくらいの認識である。


「じゃあ三国志もこのあたりの話なのかな?」

「いいや、全然違うよ。三国志はだいたい四百年くらい後さ。日本じゃ邪馬台国が出来たくらいの時代だからね」

「よく知ってるね」

「姉があれだからね」


 その言葉に仁吉は、なるほど、と遠い目をして言った。早紀の姉は三国志の重度なオタクであり、その熱烈な布教を仁吉も受けたことがあるので早紀の言い分はよく分かった。


「というか、こういう話はそれこそ講義に行った時に高明先生とでもしたまえよ。あの先生なら嬉々として話してくれるだろうし、それでいてうちの姉と違って独りよがりで強引な物言いをすることもないだろう」

「……そうだね」

「だいたいあの姉は……と、すまない。このあたりでやめておこう。話し始めると昼休みが何日あっても足りやしない」


 そんなになのか、と仁吉は思った。


「ところで千里山さんは参加するのかい?」


 仁吉はチラシを指差して聞く。早紀は首を横に振った。


「私は興味がないからしないよ。とはいえ高明先生には色々と世話になっているからもう一人か二人くらいら聴講者を集めたいんだが、ミナカタくんは心当たりとかないかい?」


 そう言われて仁吉は苦々しい顔をする。

 思い当たる人物、それも仁吉よりも詳しくて講義の内容に興味がありそうな相手がいるからだ。しかもその人物は仁吉が誘えば喜んでついてくるのではないかとも思っている。

 それが仁吉には嫌だった。

 そんなことを考えていると、早紀は、ちなみに、と付け足した。


「茨木くんはもう勧誘済みだからダメだよ。他をあたりたまえ」

「……なんで僕の考えてることが分かったのさ?」


 仁吉が思い浮かべた相手とは泰伯のことである。


「彼が『史記』を勧めてくれたという話は前にしただろう? あれも春秋戦国時代の歴史書だから、君ならまっさきに考えるだろうと思ってね」

「ああ、そういうことか……」


 仁吉は少し安心した。

 しかし泰伯が駄目となると他に誰を誘えばいいのだろうかと、仁吉はまた悩むことになってしまった。

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