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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter4“chase the hidden justice”
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next bad day

 翌日の朝。仁吉は目覚ましの音で目を覚ました。

 以前は五時半に目覚ましを仕掛けてその五分前には自然と目を覚ましていたのだが、最近はアラームが鳴るまで寝ていることも多い。

 とりわけ怪異や不八徳絡みの戦いに巻き込まれた翌日などはそうなることが多かった。

 普段の仁吉の日課は、ここから朝食と弁当を用意して朝のランニングに行くことなのだが、


(今日は……いつにも増してサボりたい)


 という気持ちが強かった。

 それでも何だかんだと、多少のんびりになりながらもやるべきことは済ますとランニングウェアに着替えて家を出る。

 しかし走る距離はいつもより減らしていた。

 そうして帰宅すると、着替えて家を出る。時刻は朝の七時半である。走る距離を減らしているにも関わらずいつもよりも遅い時間に家を出ることとなった。

 そしてちょうど玄関のところで妹の仁美(ひとみ)と鉢合わせた。


「なんでござるか兄上。今日はいつにも増して気持ち悪い顔でござるな」

「そうなのか?」


 仁美に特に謂れのない面罵をされても、仁吉は不思議そうな顔をするだけで怒ることはない。


「昨日の美人と何かあったのでごさるか? そんな度胸があるようには思えませんが」

「そうだね。まったく仁美の言う通りだよ。何もないさ」


 見透かされているな、と仁吉は思った。

 といってそれが嫌だとか腹立たしいという感情はまったくない。

 事実、昨夜の信姫とのやりとりは、理性的であるとか分別があると言えば聞こえはいいが、度胸がないというほうが正しいのだろう。

 仁吉としては後悔のないつもりなのだが、心のどこかで残念だったと思っている自分がいて、それが顔に出ていたのかもしれない。仁美の言葉を仁吉はそう解釈した。


「相変わらずでござるな兄上は。そんな風だから、いつまで経ってもそんな顔なのでござろうよ」

「だろうね。返す言葉もないよ」


 仁吉はまるで他人事のように言った。

 その間に仁美はもう靴を履いて家を出る準備を済ませている。

 仁吉は何も言わない。その間に仁美はさっさと家を出ていってしまった。

 玄関のドアがしまると仁吉はゆっくりと靴を履いて家を出て、いつもよりのんびりとした足取りで学校へ向かう。

 そろそろ学校が近づいてきたところで、


「やっばい忘れ物ーっ!!」


 学校のほうから勢いよく、大声で叫びながら走ってくるツインテールの少女の姿が目に映った。

 朝から騒がしい子だな、と思っていたのだがその顔を見た瞬間、仁吉は眉をひそめた。そして思わずその少女の顔を目を細めて見つめてしまった。

 相手の方も見られている――というより、睨まれていることに気づいたのだろう。足を止めて仁吉のほうを睨み返した。


「……何よアナタ、他人の顔をジロジロと見て失礼な男ね!!」

「……」


 威勢よくそう怒鳴られても仁吉は返す言葉を失っていた。しかしやがて、


「……御影さん、縮んだ?」


 そんな言葉を口にしていた。

 その少女の容姿は、背丈が少し低いことを除けば信姫とまったく同じなのである。

 しかし当然、不躾にそんな言葉を言われた少女は激昂した。大声で文句を言おうとしたその時である。


「おや、おはようございます。詩季(しき)お嬢様」


 仁吉の背後からツインテールの少女に向かってそう声をかける人物がいた。白い着物を着て、手に大きな紙袋を持った女性――仁吉のクラスメイトの御影信姫である。

 仁吉は何が起きているのか分からなくなって、何度も首を左右に振って、信姫とツインテールの少女――御影詩季のことを交互に見ていた。


「南方くん。こちらは私の家の主家のお嬢様ですよ。顔が少し似てはいますが間違わないようにしてくださいね」


 信姫はたおやかな口調で、子供を諭すようにそう言った。


「いや、少し似てるとかそういう問題じゃ……」

「少しよ、す、こ、し!! 私のどこをどう見ればこの極妻と見間違えるわけ!?」


 詩季が腹を立てた。

 しかし仁吉はそれに何か言い訳をするより先に、極妻という信姫への例えを聞いて思わず咳き込んでしまった。 


「あら、もしかして南方くん、お嬢様の例えを言い得て妙だと思われました? 学友にそのように思われているだなんて、悲しくなりますよ」

「あんたのその顔、どこが悲しそうなわけ?」


 詩季は腰に手を当てて信姫を睨む。言葉と裏腹に信姫はにこにことしていた。


「悲しいとは思っていますよ。ですがお嬢様がそうお呼びになられるのであれば、それも致し方ありません。私は所詮、しがない分家の身ですので」

「ふん、極妻が気に入らないなら雌狐よ、メ、ギ、ツ、ネ。何考えてんだか分かんなくていつもこっちを煙に巻く貴女にはぴったりでしょう!?」


 詩季の言葉は辛辣である。しかし信姫の言動を考えれば妥当のようにも仁吉は思った。


「ええとそれで……その、御影さん?」


 仁吉はおずおずとその会話に割り込む。二人が同時に仁吉を見た。


「違う、ええと、シキさん……って、ややこしいな?」

「何よまどろっこしいわね!! メギツネのほうかメギツネじゃないほうかで呼び分けなさい!!」


 詩季が怒鳴る。仁吉は渋々ながら、


「じゃあ……ないほうの御影さん」


 と詩季の方を見た。詩季は不機嫌さをあらわにして、なによ、と声を尖らせて仁吉を睨む。


「確か君……忘れ物を取りに帰る途中じゃなかったのかい?」


 詩季はぽかんと口を開けると、慌てて走り出した。その際、


「お、覚えてなさいよこの陰険キタキツネーっ!!」


 詩季は仁吉のほうを見てそう叫んだ。

 困り果てた仁吉が隣を見ると、そこでは信姫がくすくすと愉快そうに笑っている。


「陰険キタキツネって僕のことかい?」

「そうだと思いますよ」

「……僕の顔、そんなキツネっぽいのかな?」

「さあ、どうでしょうね」


 微笑を浮かべてこちらの言葉を煙に巻く信姫は、仁吉の知る御影信姫だった。


「ところで君、昨日のことは覚えているのかい?」

「おや、昨日何かありましたか?」


 可能性として考えていたことだが、信姫はもしかすると昨日のことを何も覚えていないのかもしれない。


(だとすると昨日の御影さんは……)


 そんなことを考え始めた時だった。


「南方くんがラーメンの食べ過ぎで苦しんでいたような気がするのですが、きっと気のせいでしょうね」

「覚えてるじゃないか!?」


 それが見当違いの考察の考察だったとすぐに知ることになる。


「南方くん――腹も身の内ですよ」

「誰のせいだと思ってるんだい!?」

「代わりに食べましょうかと言ってあげたのに意地を張ったのは貴方ですよ」

「本当にしっかりはっきり覚えてるな君!?」


 叫ぶ仁吉を尻目に信姫は悠々と歩いていく。

 仁吉は額に手を当てて、ため息と共に呟いた。


「……最悪だな、まったく」

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