let me know why done it
二郎系ラーメン屋『乃更士』を出た仁吉は青染めた顔をしていた。店を出て店主の眼がなくなるなり、近くの壁に手をついて俯いている。
信姫は罪悪感からその背中を優しくさすっていた。
「はは、仁吉は相変わらず食が細いな」
覇城が威勢よく笑う。
「……うるさいな」
仁吉が文句を言う。死にそうな声であった。
「まあそう怒るな。そんな風に弱っているお前は珍しいからな。少しからかってみたくなったんだ、許せ」
「……この野郎」
言葉に力を込めようにも、胃袋を絶え間なく襲ってくる圧迫感がそれを許さない。仁吉はそれ以上のことを言えず、息を大きく吸ったり吐いたりしていた。
「では俺と由基はこれで帰るぞ。仁吉、御影のことをしっかり送ってやれよ」
「おやすみなさい、南方先輩。御影先輩」
二人はそう言って帰って行った。
時間は既に夜の九時でありあたりは真っ暗である。しかし二人が去って行っても仁吉はまだ苦しそうにしていた。
「……タクシーでも呼びますか?」
「いや、いいよ。気合で歩くさ」
仁吉は胸のあたりをおさえながら歩き出した。その横を信姫がついていく。
「南方くんは意外と頑固ですよね。意地っ張りといいますか――」
「……悪いかい?」
「いえ、別に。きっとそれは南方くんのいいところですよ」
素直に褒められているのか、皮肉を言われているのか仁吉には分からなかった。ただ、そう告げる信姫の笑顔はとても優しげである。
それから二人は、互いに言葉を交わすことなく信姫の家へと歩いていった。
(散々な一日だったな。というか、時間にすればほんの五、六時間か……)
振り返って見ると、とても濃い放課後だった。
信姫に押し切られて一緒に船乗りシンドバッドを探すことになったのが遠い昔のように思えてくる。
振り回されて、学校の中を探索して、挙句にはターグウェイと対峙したり、正体不明の後輩に殺されかけたり、船乗りシンドバッドの言動に怒りを覚えたり――。
ろくな事が無かった。挙句の果てに吐きそうなほどの胃もたれを抱えて夜道を歩いている。
そう、いいことなど無かったはずなのだ。そう思うのに、起きた事柄でなく印象を思い出して見た時に、楽しかった、とも仁吉は感じていた。
何故そう思うのか仁吉には分からない。
だが一つ、もしかして、と思うことはある。
(いや、まさかね――)
心の中で考えたことを、気のせいだとすぐに否定した。
そんな風に一人で思案しているうちに信姫の家が段々と近づいてくる。
その時、仁吉は始業式の日の夜のことを思い出していた。ターグウェイに追いかけられていたあの日のことだ。
そうして、先ほどぼんやりと考えていたことを思ったとき、仁吉は自分の中のもやもやとした感情が腑に落ちた。というよりも、それをはっきりさせるために、信姫に何を聞けばいいかが分かったのである。
やがて信姫の家が見えてきた。
相変わらず、大名屋敷のような豪邸である。
古めかしい木造の門の前に立って信姫を見送ろうとしたが、その前に信姫に言った。
「ところでさ、今日一日付き合った見返りに何でも一つ質問に答えてくれるって言ったよね? その権利を、今使ってもいいかい?」
その言葉に信姫は見るからに動揺していた。
しかし、小さな声ではい、と頷く。
これは直感的なことであるが、今日のうちに聞いておいたほうがいいと仁吉は感じていた。そして信姫の反応を見てそれは確信へと変わった。
思えば信姫は船乗りシンドバッドを探すことについて、今日であることに拘っていた。そして今日の信姫の言動は明らかに普段の――不八徳として振る舞っている時の信姫と違う。
きっと明日になれば信姫はまた、優美の仮面で仁吉を煙に巻く不八徳の女主人に戻ってしまうのだろう。その前にどうしても、仁吉は信姫に質問をしておきたかった。
「それで――何を聞きたいのですか?」
「始業式の夜のことだよ。君は、僕を巻き込んでターグウェイに襲わせるのは計画のうちだと言ったね。それならなんで――わざわざ身を挺して僕を守るようなことをしたんだい?」




