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二郎系ラーメンを食べたい。
そう言うと、くどいまでに聞き直されてしまったので信姫は眉をひそめた。
「なんですか、着物の似合う和風美人は二郎系ラーメンを食べたらいけないという法はないでしょうに」
「そういうの自分で言わないほうがいいと思うんだけどね!?」
「いいじゃないですか!! どうしても食べたいんですよ二郎系ラーメンが!! ジャンクフードに憧れる箱入りお嬢様とかロマンでしょう!?」
「ロマンなんてのは口に出した瞬間が幻滅の始まりなんだよ!? あざとかろうが狙っていようが明言されない限りは現実の可能性が残されてるからね!!」
そう叫ぶ仁吉を前にして信姫は少し冷静になった。
「え、なんですか? もしかして南方くん、女性に何か幻想とか夢とか抱くタイプですか? そんな澄ました顔してむっつりスケベなんですか?」
「……幻想というか、夢というか」
仁吉はしまった、という顔をした。
「えーと、まあなんて言うんだろうね。女の子の嘘に騙されていたい、のかな?」
「はぁ、そうですか?」
信姫は軽蔑するような眼差しを向けた。
「……というか、前に君が言ったことだろう? 女子の嘘には騙されておくのがモテる男の秘訣だ、ってさ」
それは奇しくも、かつて信姫がこの屋上で仁吉に言った台詞である。それを思い出すと信姫は、
「……まあ、そんなこともありましたかね」
と他人事のように言った。
「ダブスタはよくないよ」
「……言ってないと言い張りますので騙されてください」
「……分かったよ」
仁吉は釈然としないながらも頷いた。
お互いに言葉に精彩を欠いている自覚があり、このままでは不毛で歯切れの悪い会話の応酬が続くのを察したからだ。
「で、二郎系だっけ? 食べに行くのはいいけど、流石にホームズのコスプレと和服は着替えてきたほうがいいと思うよ?」
「ええ。私にもそれくらいは分かっていますよ。なので――とりあえずヒラルダにでも行きましょうか?」
なんでそうなるのだろうか、と思いつつも仁吉は信姫に引っ張られるままに坂弓市の中央にあるショッピングモール『ヒラルダ』へ向かった。
信姫はその中の服屋で洋服を買って着替えると、脱いだ着物を駅前のコインロッカーに預けた。
(お金持ちの着替えって、服買うってことなのか……)
着替えに家に帰るのかと思っていた仁吉はスケールの違いに驚いていた。しかもこれから脂こいラーメンを食べに行くというのに、信姫の選んだ服屋は安いものでも五桁はいくような服屋だったので、
(価値観の違いって怖いな)
と思わざるを得なかったのである。
そして今の、黒のブラウスに白のショートパンツというカジュアルな服装の信姫が目の前にいた。和風の彼女しか見たことのない仁吉には新鮮だった。
「どうですか、似合っていますか?」
信姫はわざとらしく、着替えた服を見せつけるようにくるくると回った。
「まあ、いいと思うよ。普段からもっとそういう服をてもいいんじゃないかい?」
「こ、これは……予想外に、褒められてますね?」
「褒めて欲しかったんじゃないのかい?」
「……忖度しました?」
「いいや。本心のつもりだよ。和服を着てない君は日本刀のイメージからも遠のくから、僕としても少し気楽に接することが出来ていいんだ」
その言葉に信姫はムッとした表情を見せた。
「私はそんなに、怖いんですか?」
「……というか、刀を連想してしまう美人が怖いんだよ。その、色々とあってね」
仁吉は凰琦丸のことを思い出していた。信姫はさらに不満げな顔をする。
「もう一つ、モテる男の子の条件を教えてあげましょう。女の子の前で、他の女性のことを考えてるような素振りを見せないことですよ」
「……あー、うん。機会があれば、参考にさせてもらうよ」
言葉を濁しながら仁吉は近くにある二郎系ラーメンの店をスマートフォンで探し始めた。しかし、
「……近くても、坂弓駅から三つくらい行かないとないよ?」
ということが分かった。
「……そんなにですか?」
「うん。どうする、電車乗ってラーメン遠征するかい?」
信姫は悩んでいたが、
「……じゃあ、家系ラーメンにしましょう」
と言い、坂弓駅の北側にある家系ラーメン『三奈月』へ行くことにした。
そこでは仁吉は無難に醤油味の普通サイズを頼んだのだが、信姫は大盛りにしてチャーシュー四枚追加、味玉トッピング、餃子セットに大盛りご飯というボリューミーな量を頼み、しかもそれをけろりと平らげてしまった。
店を出た仁吉は少し苦しそうな顔をしながら、感心したように信姫を見ている。
「……よく入るねあの量が」
「だって美味しいじゃないですか?」
元来が少食な仁吉には分からない感覚である。
しかも信姫は、それだけの量を食べて起きながらまだ物足りなさそうな顔をしている。
その時だった。
「おう、仁吉に御影ではないか? 珍しい組み合わせだな」
鷹揚な声がした。
体育委員会の委員長であり、仁吉の友人でもある西山天王山覇城が、体育委員会副委員長である西向日由基を連れてそこにいた。