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夕方の屋上で仁吉と信姫は暫くの間、何をするでもなくそこにいた。
信姫は思いつめた顔をしている。
無理もないことだと仁吉は思った。
信姫が船乗りシンドバッドを探していたのは聞きたいことがあるからだと言っていた。その内容――彼女のことを愛していたのか、という言葉の意味は仁吉には分からない。
彼女が誰を指すのかも、その彼女と船乗りシンドバッド、そして信姫がどういう関係なのかも。
しかし信姫にとってはとても大切なことなのだろうと、それだけは分かる。だからこそ信姫はあれだけ必死だった。
しかし帰ってきた言葉は、答えにすらなっていない酷いものだった。落胆するのも無理はない。
「……御影さん」
どれくらい時間が経ったか分からない。しかし、気がつけば夕日はほとんど沈んで、あたりがすっかり暗くなったところでようやく仁吉は口を開いた。
「……南方くん。今日は、色々とありがとうございました」
しおらしい態度である。しかし言葉には元気がなかった。
「……その、残念だったね」
「いえ、いいんですよ。元より私の個人的なお節介のようなものでしたし、ああいう対応をされるだろうと言うこともある程度予想はしていましたので」
「それはそれとして、ムカついたりはしないのかい? 予想してるのと、予想通りになるのとは違うだろう?」
そう言うと信姫はくすりと笑った。
「あら、慰めてくれているのですか?」
「……まあ、そんなところかな」
背景を何も理解していない仁吉だが、船乗りシンドバッドの言葉に苛立ちを覚えたのは事実である。なので今の仁吉は信姫に対して同情的だった。
「では、慰めついでにもう少し付き合ってはもらえませんか?」
「まあいいけど、なんだい?」
「夕飯をご一緒してもらえませんか?」
思ったよりも軽い頼み事だったので仁吉は安堵した。同時に、内容も聞かずにいいと返事してしまったのは迂闊だったと今さらながらに思った。
それでも夕飯くらいならば問題はないだろうと軽い気持ちで頷いてしまったことを仁吉は後悔することとなる。
「実は私、前々から食べてみたいものがありまして」
そう言われて仁吉は身構えた。
信姫が良家のお嬢様であることは知っている。そんな信姫がわざわざ食べてみたいという物となるととても高価か珍しいものではないだろうかと不安になったのである。
「ああ、そう警戒しないでください。別におかしなものではありませんよ」
「……心読めるのかい?」
「いえ、別にそういうわけではありませんよ。仁吉くんは、分かりやすいほうですので」
「……そうかい」
普段の、優美な笑顔で言われるよりも、今の素直な顔で言われるほうが悔しいと仁吉は感じた。
「で、食べてみたいものって何なんだい?」
「二郎系ラーメンです」
仁吉は自分の耳を疑った。
「……なんだって?」
確認のため聞き直す。
信姫は満面の笑みを浮かべて、はっきりと言った。
「二郎系ラーメンをニンニク野菜アブラマシマシで食べたいので付き合ってください」
今度ははっきりと、完全に聞き取れた。
その上で敢えて仁吉は、
「……なんて?」
と、再度聞き直してしまった。