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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter4“chase the hidden justice”
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sindbad the Sailor_7

 屋上に立つ船乗りシンドバッドは、仁吉と信姫が現れても二人のほうを振り向こうとさえしない。

 まるで柱か置物のように立ったまま、羽織ったマントを夕方の風にたなびかせている。


「貴方に、聞きたいことがあってきました」


 信姫は直截に言う。

 やはり船乗りシンドバッドは視線を向けない。


『ふん、“依代(よりしろ)”ごときが質問か。お前などと話しても益になることなどない。さっさと消えろ』


 冷たい声であり、取り付く島もない。

 しかし信姫はそんな態度など意に介さず、船乗りシンドバッドに近寄って叫んだ。


「貴方は――あの人(・・・)のことをどう思っていたのですか?」

『――――』


 船乗りシンドバッドは言葉を返さない。

 しかし、今まで微動だにしなかったその体がほんの少しだけ揺れ動いたように仁吉には思えた。


「答えなさい。貴方は……彼女のことを、愛してしたのですか?」


 そう聞かれて船乗りシンドバッドはようやくこちらを振り返った。

 目深にかぶったフードで目線は見えない。


『――くだらない問いかけだ。そんな小娘の浮ついた言葉に返す言葉など、俺は持ちあわせていない』

「なっ……」


 それは人の口から発せられていながら、機械音声よりも無機質で、心というものがどこにも感じられない声だった。

 信姫は肩を震わせて船乗りシンドバッドに怒りを向ける。

 そして、そんな信姫の背後から――仁吉が駆けだして、骨喰を船乗りシンドバッドに向けて振るった。

 船乗りシンドバッドは地面を滑るようにしてそれを躱す。そして、相変わらず感情の籠らない無機質な声で仁吉に話しかける。


『何故お前が腹を立てる。これは俺とこの小娘の話だ。お前には関係がない』

「……ああ、そうだね」


 声を鋭くして仁吉は頷く。しかし言葉と裏腹に何も納得などはしておらず、敵意を込めて船乗りシンドバッドを睨んでいた。


『お前は大方、巻き込まれるかその場の情に流されて成り行きでここにいるのだろう。一時の感情に流されて生きていると、碌なことにならないぞ』

「そうだろうね。だけど――理由の分からないままに心の奥から湧き上がってくるお前への怒りを抑え込んだって、余計に腹が立つだろうからね。どう転んでも碌なことにならないというなら、僕は心に流されて生きる方を選ぶよ」

『愚かだな。感情に従って生きるというのは、耳障りはいい。しかしそれは、一時だけ己の心を楽にする麻薬のようなものだ。甘い毒に身を蕩けさせて悦楽に浸ったところで、夢から覚めた後に待っているのは破滅だけだ』


 船乗りシンドバッドの言葉は、確かに一理としてあるのかもしれない。

 感情というものは定まりがなく、律することなくその場その場で湧いて出る心に素直に従っていれば、節操のない人間になり果てるだけだ。

 しかし仁吉はこの時、前に龍輝丸に言われたことを思い出していた。


『飾らない生き方への憧れが見えるぜ』


 その時は心の底から否定したはずの指摘が、今はまったく龍輝丸の言う通りだと思うのだ。

 そして皮肉なことに、立場が逆になったことで今の船乗りシンドバッドの心境について思うことがある。


「なんだ、随分と饒舌じゃないか。もしかして――羨ましいのか?」

『――まさか』


 その言葉には、少しながら感情の揺れのようなものがあるように思えた。

 しかしそれを問い詰める前に船乗りシンドバッドの周囲に青い蝶が現れる。やがて青い蝶に溶けていくようにその姿はどこかへと消えてしまった。


「……言うだけ言って逃げやがったね。どうする、御影さん? まだ探すかい?」

「いえ。どれだけ問い詰めても不毛ということは分かりました。なので、もうそれでかまいません」


 信姫は疲れたような顔をしてため息をついた。

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