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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter4“chase the hidden justice”
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the gluttony

命を脅かさぬ飢えが

いつも 俺の(こころ)を蝕んでいる

 謎の男がターグウェイに振るった刀の一閃で、ターグウェイの体はあっさりと縦に真っ二つにされてしまった。

 仁吉がよく目を凝らしてみると、その刀というのはあちこち刃こぼれしていていびつな(のこぎり)のようになっている。

 そしてターグウェイの体のほうも、二つに分けられたというのはそうなのだが、信姫が斬った時には奇麗な断面であったが、今回のそれは無理やりに左右から引っ張って引きちぎったような荒々しい痕がターグウェイの中央にある。


「ちっ、図体の割にこんなもんかよ、くそが。こんなんじゃ、腹の足しにもなりやしねぇ」


 すでに抵抗する力を無くし、黒い霧となって消滅しかかっているターグウェイを見て男は毒づく。

 仁吉は恐る恐る近づいてその男の容姿を見て、喉が潰れそうになるほどの重圧を感じた。

 蔵碓よりもさらに背が高く肩幅が広い立派な体格をしているから――ではない。

 喪服のように真っ黒な羽織袴を着ていて、肩には血で染めたような赤のコートを着ているから――それはそれで不気味であるが、違う。

 右目に黒の眼帯をしていて、今も――全身を鋸で裁断され続けているような感覚に陥るほどの殺気を放っているからだ。

 狼か猛禽のように獰猛な顔つきをしていて、気だるそうな顔をしているその男は、仁吉を見ると歯を見せて笑った。


「ああ、どうやら――あんたは、あいつより食い出が(・・・・)ありそうだ(・・・・)


 笑った顔はまだ幼さが残っていて、彼も自分と同じ学生なのだろうと仁吉は思う。

 それでいて、ぎらついた剥き出しの獣性を放ってくるので、仁吉は頭がおかしくなりそうだった。


「いいところにいてくれたな。俺は今、無性に腹が減ってんだ。ちっと遊んでくれよ、先輩」


 その言葉を聞いて仁吉は、前に凰琦丸(おうきまる)に言われたことを思い出していた。

 右目の見えない、それでいて、常に押しつぶすような殺気を垂れ流している相手。その相手こそが、かつて凰琦丸を倒した相手であると。

 それだけか、とその時は思ったが今ならば確信出来る。眼前のこの男こそが、かつて凰琦丸を殺した者の生まれ変わりなのだと。


「……空腹なら飯屋にでも行けよ、後輩」


 敢えて語気を強めて男を睨む。

 表向きの姿勢だけでも強気でいかなければ、今すぐにでもこの男に呑み込まれてしまいそうだった。


「んなこと言うなよ、ツレねえな!!」


 叫びながら男が斬りかかってくる。

 反射的に骨喰で受け止めて――両手の鉤爪は、一撃で砕け散った。

 当然、それで刀が止まるわけもなく、仁吉の体は袈裟懸に斬られている。死にこそしないが、たったの一撃で仁吉は窮地に追い詰められてしまった。


「おい、なんだよこれで終わりか?」


 男は拍子抜けしたような顔をして、次に苛立ちを見せた。男は仁吉のことを、少なくともターグウェイよりは強いと思っていたのである。

 しかし実際にはたった一度の攻防で勝負がつこうとしていた。

 そこに勝利の喜びはなく、あるのは退屈と不満。そして――飢えだ。

 男は地団駄を踏んで苛立ちを隠そうともしない。

 仁吉は息を荒くしながらそれを見ていた。見ているだけなのは、体が動かないからである。


(はぁ……。いくらなんでも、引きが悪すぎるだろ……)


 そんなことを心の中で毒づきながら、仁吉はどこか諦めたような気持ちでいた。

 凰琦丸と戦った時でさえあれだけ苦戦したのだ。その凰琦丸よりも強い相手に一人で戦えばこうなることは目に見えていた。

 いや、逃げようとしたところで逃げ切れずに背を斬られていただけだろう。それほどまでに彼我の力の差に開きがある。

 そんなことを考えながら、仁吉の意識は朦朧としていった。

 霞む視界の中で、男が刀を振り上げているのが見えた。


(あぁ……死ぬのか、僕)


 どこか他人事のような思考である。

 凰琦丸との戦いの中でも何度も死の危機は感じたが、今ならばまだそれを躱す余地と僅かばかりの勝利への光明があった。

 今はそれすら見えない。

 だからこそ仁吉の頭はかえって冷静だった。

 これが最後の瞬間なのだ。そう理解した仁吉の脳裏に浮かんできたのは――。

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