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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter4“chase the hidden justice”
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DA GUI

 罅割れた空の向こう側から、一本角を持った巨大な怪獣が姿を現す。かつて仁吉が対峙した存在であり、信姫はターグウェイと呼んでいた。


『Nuuuuuu!!!! Waaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!』


 ターグウェイは雄叫びを上げて勢いよくグラウンドに飛び降りる。地震かと思うほどに大きく地面が揺れた。


「……御影さん。もう一度聞くけど、傀骸装出来ないんだよね?」

「……出来ませんね。文句ありますか?」


 前回は信姫は容易くターグウェイを一刀のもとに斬り伏せた。しかし今はそれを期待することも出来ないようである。

 そう考えて仁吉は、前に信姫がターグウェイを斬った技が凰琦丸の使っていた技であると気づき、凰琦丸の遠隔斬撃を見た時に覚えた既視感の正体に納得がいった。


(……いや、そんなこと考えてる場合じゃないな)


 ターグウェイは信姫を見ると荒れ狂いながら突進してくる。


「どうしても屋上に行きたいかい?」


 低い声で聞いた。信姫は真剣な顔をして頷く。

 仁吉は一度だけ、小さく息を吐くと宝珠を取り出した。


「“縫い綴れ”――骨喰(ほねばみ)!!」


 傀骸装し、両手に虎の鉤爪を生み出す。しかしすぐに鉤爪を腕の方に折りたたんで収めると信姫を横抱きにして持ち上げた。

 信姫がひゃあっ、と驚いたような声を出す。

 そんな信姫を無視して仁吉は、


「喋ったら舌を噛むよ!!」


 ときつい口調で言うとターグウェイ目掛けて走り出した。

 ターグウェイのほうも仁吉たちに近づいてきている。両者の距離はみるみるうちに近づいていった。

 ターグウェイが拳を振り下ろす。仁吉はその動きを見極めつつ、タイミングを見計らって地面を勢いよく蹴りつけて跳んだ。

 羽根のような軽さで宙に浮かび上がった仁吉はターグウェイの肩のあたりに着地すると、そこからもう一度大きく跳躍して校舎のあたり――格技場の前に着地して信姫をゆっくりと降ろす。

 信姫は呆然としている。

 そんな信姫を仁吉は急かすような目で見た。


「どうしたんだい、早く行きなよ。どうにか足止めくらいはしておくからさ」

「ええと、その……いいんですか?」


 信姫はきょとんとした顔をしている。どうして仁吉がそこまでしてくれるのか分からないという疑問が顔に浮き出ていた。


「……仕方ないだろ。経緯はどうあれ、乗りかかった舟から途中で降りるのは気が引ける性分なんだ」

「南方くんは、そんな律儀な性格でしたっけ?」


 無垢な、何の含みもない声で聞かれて仁吉は反応に困った。

 言われてみると自分はそんな性格ではないような気がする。こういうのはむしろ泰伯の領分だ。

 しかし流されて行き着いた先で苦難に巻き込まれる現状は自分らしいとも思うので、仁吉は何と返すか言葉に詰まってしまう。

 そんな話をしている間に、ターグウェイが迫ってきていた。

 仁吉は強引に会話を打ち切る。


「いいから行けよ。俺の気が変わらないうちにな!!」


 仁吉はそう叫んでターグウェイに向かっていく。

 信姫はその背を眺めて、


「……ありがとうございます、仁吉くん」


 と、仁吉に聞こえない声量で呟くと、仁吉に背を向けて校舎のほうへと走り出した。

 仁吉はターグウェイに向かいながら、一瞬だけちらりと後ろを見る。

 信姫が行ったようだと思うと、少し安心した。

 しかしそんな感傷に浸っている時にはターグウェイが拳を振り上げている。

 その拳が仁吉に届くより前に仁吉は大きく横へ跳んだ。地面が揺れ、砂塵が舞う。前回と違い今は傀骸装があるといっても体格差は歴然であり、拳をまともに食らえばあっさりと潰されてしまうだろう。


(体のほうも硬そうだしな。狙うなら――首か眉間か)


 常道である。

 その常識がターグウェイに通じるかどうかはやってみないと分からないが、まずは試してみることにした。

 幸いなことに機動力ならば仁吉のほうが上であり、ターグウェイの動きはしっかりと目で追える。巨体を駆け上って眉間に骨喰を突き立てる算段を仁吉が立てていたその時である。

 仁吉は視界の端に動くものを見つけた。

 人である。

 何かの用事でグラウンドにいた生徒だろうかと思ったが様子がおかしい。

 刀のようなものを肩に担いでいる。そさてターグウェイを見あげながら怯えることも不思議がることもなく悠然と立っていた。

 どうするべきかわずかに逡巡したが、その方向へ駆けていく。万が一のことがあったらまずいと思ったからだ。

 しかしその足は止まった。

 その人物――男が異様な殺気を放ったのである。

 特定の誰かに向けた、鋭く研ぎ澄まされたものではない。四方八方に無差別に放出されるそれは、全身に幾つもの重りをつけられたかのように仁吉の動きを鈍くする。

 そしてターグウェイもそれを無視できなかったようであり、振りかざした拳を下ろす先をその男へと変えた。

 男は仁王立ちのまま、ターグウェイの拳を無抵抗で受けた。巨象が蟻を踏み潰すが如き行為であり、男の体は一瞬で肉片へと変わる――はずだった。


「――不味(まず)い」


 誰にも届かないほどの声で男が呟く。

 そして男は、大声で叫んだ。


「不味い、不味い不味い不味い不味い!! こんなもんかよデカブツが!! あまりにクソ不味い攻撃じゃねぇか、こんなん喰らった日には――腹でも下しちまいそうだぜ!!」


 人気のないグラウンドに響き渡る叫び声は雷鳴のように荒々しく、そして怒りに満ちていた。

 仁吉は思わず背筋をぞっと震わせてしまった。

 しかしターグウェイは、拳を防がれたことへのいら立ちはあれど怯む様子はない。一度で通じなかったら何度でも、という様子で再び男を殴ろうとする。

 それを見た男は、手にしていた刀を、だらりとした緩慢な動きで地面に下ろした。

 そして、今まさに自分めがけて迫っているターグウェイの拳に向かって振るう。

 その一撃で、ターグウェイの体は拳のところから縦に真っ二つに両断された。

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