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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter4“chase the hidden justice”
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is she princess or not?_3

 一応、二人に怪我はなさそうなので今津姉弟はひょうたん池のほうに戻った。といっても既に夕方なので、二人とも釣具を片付けたら撤収するようだ。

 信姫はインバネスコートの土汚れを払えるだけ払うと、おまたせしましたと仁吉のほうを見る。


「……もう脱いだらどうだい? その服装にいったい何の意味があるんだよ?」

「え、でも脱いだら余計に邪魔ですし……」

「着てても邪魔だろう?」


 さっきそれで転んだくせに、と仁吉は言外に言った。

 信姫は完全に拗ねてしまったらしく、そっぽを向いて黙り込んでしまった。

 面倒くさくなった仁吉は、機嫌がなおるまで放っておこうと決めて、信姫と足並みを揃えて山道を降りた。

 その間に、ここまで通って来た場所を振り返っていた。


(図書室は……千里山さんがいるから、というのもあるんだろうけれど、他にも理由はあるみたいだったな。その次が音楽室で、さっきがひょうたん池――。なんだ、船乗りシンドバッドって、読書と音楽と釣りが趣味なのか?)


 安易な見解であるが、仁吉には他に思いつくことはなかった。

 そして、そもそも船乗りシンドバッドとは何者なんだろうかという疑問に至った。

 前に焼肉屋『狂天(ぎょうてん)』で泰伯たちと話した内容から考えると、八荒剣(はっこうけん)の一人だと考えるのが自然のように思う。不八徳(ふはちとく)である羿(げい)と対立していたからだ。

 しかし、一番訳知り顔なのがどうにも気になっている。

 無論、仁吉や泰伯のように、右も左も分からない状況のまま、戦う力だけが急に現れたというケースばかりではないのだろうとは思いつつも、船乗りシンドバッドはやけに不八徳についての事情や知識に詳しいような気がする、と仁吉は思うのだ。


(そもそも八荒剣が八人いるってなら――)


 仁吉は指折り数えてみることにした。

 仁吉、泰伯、蒼天、船乗りシンドバッド。今のところ思いつくのは自分も含めたこの四人である。龍輝丸は“鬼名”を持っていないと言ったので除外した。

 前に泰伯が八荒剣の話をした時には、宝珠を持った八荒剣らしき人物と、宝珠を持った信用ならない人物がいると言っていた。前者はたぶん蒼天のことではないかと仁吉は考えている。後者については保留にした。


(それで、不八徳は……。こないだの射手と、御影さんか)


 悌誉のことを知らない仁吉が分かるのはこの二人だけである。

 不八徳についてはまだ分からないことのほうが圧倒的に多い。そう考えて仁吉は、


(そういえば僕、今日のこの探索が終われば御影さんに何でも一つ質問する権利を貰えるんだったな)


 ということを思い出す。

 そろそろ、何を聞くかを考えておかねばならないと思った。

 しかし何を聞けばいいだろうかと、自分から提案しておいて仁吉は悩んでいた。

 聞きたいことが多すぎるというのも理由の一つである。

 不八徳のこと。

 八荒剣のこと。

 鬼名、胡、宝珠、傀骸装――。

 質問などはいくらでも思いつく。

 しかし厄介なことに、それらのことは仁吉にとって本当に知りたいことではないような気がしているのだ。

 あの赤い月を見た日から今日まで、仁吉はずっと流されて生きてきたという自覚がある。何度かの戦いを経験したが、それらは巻き込まれ、状況に流された結果に過ぎない。

 そして今も流されている。

 情けないと思う反面、自分はそういう性分なのだという達観に似た諦めもあった。

 要するに仁吉は、目の前で起きている事柄以外に対してひどく鈍感なのだ。自分の歩いている道が死へ続いているとしても、死の危機が迫るまではその道の上をのんびりと歩いていけるような性格なのである。

 そういう自覚がある以上、これから起こるであろう戦いに備えることや、自分が身を置く戦いについて積極的に知ろうとすることは違う気がする。


(もっと……僕が純粋に知りたいことは何か、だよな。損得よりも好みで考えたほうがよさそうだ)


 そんなことを考えているうちに、気がつけば山道を降りてグラウンドのところまで来ていた。もう完全に夕方であり、運動部も撤収していて人一人いない。

 信姫はまだ黙り込んでいる。このままならばきっと屋上に着くまでだんまりだろう。

 そう思っていた、その時だった。

 嫌な気配を感じた。遥か高みから睥睨されているような、重々しい気配である。

 仁吉は思わず空を見上げる。信姫も同様に見上げていた。

 その視線の先。茜色の空の一片がガラスのように砕ける。そして、


『Nuuuuuu!!!! Waaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!』


 世界中のあらゆるところから獰猛な野獣を集めて一斉に吠えさせたような、荒々しくけたたましい咆哮が響き渡った。

 仁吉はそれが何か知っている。

 忘れられるはずなど無かった。


「…………ターグウェイ!!」


 紅蓮の装甲を纏った一本角の怪獣が、空の向こうから仁吉と信姫を見下ろしていた。

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