the orge_3
淼月凰琦丸に恋をしていた。
龍煇丸にそう言われた為剣は、それを肯定も否定もしなかった。龍煇丸は自分の見解に自信があるが、どうも為剣自身が今一つピンと来ていないようである。
「嘘、か……。どうなんだろうな?」
「いやあ、端から見てる分には分かりやすいよタメさん?」
龍煇丸は得意げな笑みを浮かべている。
「まぁ、そうかもな。一般的な惚れた腫れたとは違うかもしれないが……」
「あー、どっちかって言うと、焦がれてたって感じじゃない? 少なくとも、心の中に強くその人が残ってるのは確かなんじゃない?」
「焦がれてたかは分からないが……。ま、忘れられないって意味なら間違いはないな」
「ならそれは恋だよ」
龍煇丸はそう断言したが、為剣はまだ自分自身の中で納得していないところがある。
というよりも、龍煇丸と為剣では恋という言葉への認識が違うように思うのだ。
忘れられない。忘れたくない。半世紀の時を経ても、未だ心の中にはっきりと残っている。それが恋というものだというのならば、なるほど龍煇丸の見立ては正しいのだろう。
しかし為剣にとってはその当時も今も、凰琦丸のことをどう思っていたかが分からないのだ。
恐ろしい女だった。
綺麗な人だった。
強い人だった。
色々と彼女を形容する言葉は浮かんできても、根幹のところで凰琦丸に向けていた感情が何であるのかが判然としないのである。
「ま、そう思うならお前はそう解釈してればいいさ」
「なーんか、誤魔化そうとしてない?」
「してねぇよ。ただ、大昔の話だからな。俺はもう恋だの愛だの語る齢じゃねえからピンとこないし、逆にお前はそういうものに夢を見たがる年頃なんじゃねえの?」
そう言われて龍煇丸は、それもそうかと頷く。
「つーか、そういう青臭い話は学校のツレとでもやれよ。こんなジジイの昔話なんて楽しくもないだろ?」
「別にそんなことないよ」
「……そうか」
為剣が小さく呟いたその時、為剣の携帯電話が鳴った。受けて暫く話していると、真剣な顔で龍煇丸を見た。
「板臣市で怪異だとよ。手が足らないから応援くれって話だが、お前も来れるか?」
板臣市とは坂弓市の隣の市である。
「ん、いーよ。その代わり、終わったらなんか奢ってねタメさん」
「……ラーメンでいいか?」
いいよ、と頷いて龍煇丸は傀骸装をして走り出す。
板臣市と真逆の方向へ。
「おいこら待て!! てめぇ、止まれ!! 大人しく俺の後ろついてこいよ!! 絶対俺の前を走るな!!」
「えータメさん。そういう亭主関白的なのって、今の時代じゃ流行らないぜ?」
「お前がすぐ迷うから言ってるんだよ!!」
叫んで、喚く龍煇丸を無理やりに抱えて為剣は板臣市へ向かった。