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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter4“chase the hidden justice”
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the orge

「そう言えばタメさんはさ」


 思い出したように龍煇丸が為剣に聞いた。

 二人はまだ北斬山にいる。日本中の検非違使たちが月宮殿墜落の後処理などで慌ただしくしているが、意外にも坂弓市にその影響はほとんどなく、必要なことを済ませた二人はのんびりとしていた。


「なんだよ?」

「ビョウゲツオウキマル、って名前聞いたことない?」


 その名前を聞いて為剣は驚いたような顔をした。


「……どこで聞いたんだよその名前?」

「あ、知ってるんだ? そらなら俺に教えてくれよ。語感似てるし、何か俺の家とか名前の手がかりになるかもしれないじゃん?」

「……お前、本気でそういうの知りたいのかよ?」


 為剣は語気に苦味を持たせている。

 その表情を見て龍煇丸はあることを察した。


「あ、もしかしてタメさん。何か知ってて黙ってたね?」


 それは図星であり、為剣は観念したように頷く。

 ひどいなー、と詰るような言葉を口にしたが、しかし顔は笑っていた。


「まあ、そりゃ悪かったよ。だけど焱月(えんげつ)淼月(びょうげつ)にはあまり関わり合いになりたくなくてな」

「何、俺の名前ってそんなに厄いの?」

「というよりも、純粋におっかないんだよ。若いころにその名を……龍煇丸と凰琦丸(おうきまる)の号を継いだって奴と会ったことがあるんだが……どっちにも殺されかけてる」


 遠い目をして語りながら、為剣は僅かに肩を震わせた。


「タメさん、なんか悪いことでもした?」

「なんでそうなる!? 言っとくがどっちも、剥き身の刃物に女の服着せたような狂人だったんだよ!!」

「へぇ、女性なんだ? モテモテじゃんか。タメさんも隅におけないね」

「……話聞いてたかお前?」


 為剣が龍煇丸を睨む。しかし龍煇丸はその視線を軽く流した。


「まあタメさんいい男だからね。殺すとはいかなくてもバトりたくなる気持ちは分かるよ」

「……そこで殺したいと言わないだけ、お前のほうがマトモに見えるよ」

「だって殺したらもう戦えないじゃん」

「そういう問題なのか?」

「そりゃそうでしょ。あ、ところでタメさん今からバトルしない?」


 しねえよ、と為剣は呆れたように言う。龍煇丸はケチ、と呟いて少し拗ねたような表情をした。


「そこで大人しく引き下がるあたりお前は常識的だよ。あの連中は問答無用で斬りかかって来やがるからな」

「へぇ、つまり美女に激しく求められて何度も襲われたわけだ。男冥利に尽きるってやつだね」

「そのせいで死にかけてるんだが!? というか、美女だなんて言ったか俺?」

「そりゃ戦うことが死ぬほど好きで、タメさんとやり合えるだけの強さがあるならいい女に決まってるだろ」


 当然のようにそう語る龍煇丸に、為剣は眉をひそめた。


「……まあ、面は良いほうだったな。それが余計にタチ悪買ったような気がするが」


 それはほとんどうめき声のようだった。しかもそんな為剣の反応を楽しみながら、


「よっ、女誑し」


 などと茶化されたため、為剣は無言で龍煇丸の頭を軽く叩いた。


「んでさ……タメさんの会った焱月と淼月ってどんな人だったの?」

「……焱月のほうは、デカい剣を持った粗野な女だったよ。しかもそいつは、当時は割と知られてた“検非違使狩り”ってやつでな」

「あー、もしかして検非違使限定の通り魔みたいな感じ?」

「……まあそうだな。俺が学生の時に現れて、それで何人もやられてな。俺もその巻き添えで死にかけてどうにか逃げてきたんだよ」


 為剣が複雑そうな顔をしたのには、その時の恐怖が今も残っているのと、龍煇丸への気遣いだろう。

 しかし龍煇丸は特に気にする様子もない。


「その人、俺のばーちゃんとかなのかね? ぶっちゃけどう? 俺とその人って似てる?」

「いや、まあ似てるような気もするが……お前、いいのか? 血縁だったとして、そんな喜べる相手じゃないだろ?」

「いや別にどーでもいいよ。てか、その人どうなったの? 捕まった?」


 そう聞かれて為剣はああ、と言って目を伏せた。


「まあ、結論から言うと死んだんだよ。だから齢的にもまずお前の祖母ではないな。繋がりがあっても大叔母とかそんなもんだろ?」

「そいつ、タメさんが学生のときいくつくらいだったの?」

「たぶん俺と同じくらいだよ。あれが確か……俺が十五の時だったかな?」


 しみじみと語る為剣を見て龍煇丸は、


「タメさんにも青春時代はあったんだね」


 と不思議そうに言った。

 あるに決まっているだろ、と為剣は声を苛立たせて言った。

 龍煇丸も言ってから少し悪いと思いはした。

 しかし龍煇丸から見た為剣は、見た目こそ若いが腕は充分に立ち、何かにつけて不平や文句を垂れはするがやるべきことはしっかりとやる頼れる大人なのである。

 そんな為剣にも自分や、自分の友人知人たちのような若い時分があったというのが龍煇丸には今ひとつ想像がつかなかったのだ。


「しかしタメさんの学生時代ね――」

「……なんだよ?」

「好きな子とかいた?」


 にやにやしながら聞いてくる龍煇丸を為剣は、


「……どうだったかな?」


 と適当にあしらう。触れられたくない話題だと顔に書いてあった。それだけに龍煇丸はしつこく聞く。

 為剣は誤魔化すように強引に話題を戻した。


「で、まあその“検非違使狩り”の焱月なんだが」

「死んだんだよね? タメさんがやったって感じじゃなさそうだけど」


 龍煇丸の言葉は当たっているのだが、どうしてこんなにも感がいいのだろうかと為剣は純粋に疑問に思った。


「まあな。つうか、俺が鉢合わせて、殺される寸前って時に現れたんだよ。正義の味方を名乗る剣士――淼月凰琦丸がな」


 そう語る為剣は、その時のことを懐かしみながらもどこか寂しそうであり、つい先ほど口にしていた、淼月に殺されかけたという恐怖や怯えとは無縁の顔をしていた。

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