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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter1“*e a*e *igh* un***tue”
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diviner in the library

 時刻は夕方の五時を回っていた。

 仁吉はようやく史記を読み終えて、そろそろ下校しようかと考えているところである。

 図書室に残っている生徒はもうほとんどおらず、奥の資料室からポニーテールの女生徒が出てきたのが最後のようだった。


「ありがとう千里山さん。中国古代史って面白いね」

「それはよかった。茨木くんに相談した甲斐があったというものだ」

「……茨木、くんに?」


 その名前が出たことに仁吉は少しだけ眉を潜めた。しかし早紀は気にせずに話を続ける。


「うん。本当は半沢直樹を置こうと思っていたんだが、いまいちしっくりこなくてね」

「……千里山さんの中であれは復讐譚の括りにはいるんだね」

「うん。だけどあれは比較的血の気が少ないからね。それでたまたまその時にいた彼に相談したわけさ。彼はこういうの好きだからね。新釈漢文大系を個人の趣味で借りる高校生なんてなかなかいないよ」

「何だいそれ?」

「原文、訳文、注釈完備のパーフェクト漢文だよ。せっかくだし借りていくかい?」

「遠慮しておくよ。興味はあるけど、この前もらった孫子すらまだ読めてないからね」

「おや、崇禅寺くんに渡すんじゃなかったのかい?」

「その前に僕も読ませてもらおうと思ってね。普通に興味はあるし」


 そんなとりとめのない話をしているうちに、ふと仁吉が時計を見ると時刻は五時半を回っていた。


「おっと、もうこんな時間か。そろそろ施錠するけどいいかな?」

「大丈夫だよ」

「確か悌誉(やすよ)は資料室から出てきたよね?」

「……やすよさん?」

「ポニーテールのヅカ系美人だよ。同学年だけど、ミナカタくんは一緒のクラスになったことないんだっけ?」


 そう言われて仁吉はようやく理解した。先ほど、資料室から出てきた女生徒はちょうど早紀の語った特徴が当てはまる。


「そうだね、その人ならさっき出ていったよ。確か……南千里さんだったっけ? クラスが同じになったことはないけれど、いちおう分かるよ」

「なるほど、ミナカタくんも男の子というわけだ」

「……よこしまな気持ちは微塵もないよ」

「ミナカタくんも不思議な人だよね。普通にモテるのに浮いた話は聞かないし。噂にならないようなプラトニックな恋愛をしてるのか、男が好きなのかどっちなんだい?」

「なんでそうなるんだい?」

「だって生徒会でもないのに会長どのの世話を焼いているし、幼馴染みというから、そうなのかと」

「違うよ。断じて違うからね。僕にそっちの趣味はないし、仮にあいつが女の子だったとしてもあんな性格のやつは御免だよ」

「ほうほう。なら、君はどんな女の子がタイプなのかな?」


 そう聞かれて、仁吉は真剣に考え込んだ。

 自分は間違いなく異性愛者だ。それは断言できる。しかし、ならばどういう人が好みなのかと真っ直ぐに異性から問われることは実はなかった。

 男同士であれば、大体が下世話な話になるので真面目に取り合ってこなかった。そして、異性と話すといっても、基本的にこういうことを聞いてくるのは聖火くらいのものなので曖昧に濁してきたのだ。


「おや、困っている様子だねミナカタくん」

「……まあね。よくよく考えると、そうはっきりと聞かれることはない質問だからさ」

「ちなみにここで、君のような女の子だよ、とかさらりと言ってれば私が落ちてたかもしれないよ」

「は、はぁ……」


 真顔でマイペースで、そしていつものようなダウナーな口調でそう言われて、仁吉は回答に詰まってしまった。こういう会話に慣れていない純情な仁吉にとっては、何を言っても失礼なような気がしたのだ。


「えーと、うん。……千里山さんみたいな人、かな?」


 困り果てた末に、仁吉は鸚鵡返しのように早紀の答えを模倣した。ぎこちなく、どう見ても本音でないことは明らかであるが。


「ふむ、そうか。しかし私は図書室が恋人なので、書籍の浮気相手で構わないならいいとも」

「ごめん、嘘言った」

「いいさ。私が反応に困るようなことを言ったのが発端だからね」


 表情を変えないまま語る早紀を、仁吉はなんとも言えない顔をして、目を合わせないようにしていた。

 真面目な話もとりとめもない冗談も同じような、感情の読み取りにくい顔で語るのが早紀の特徴で――そこが仁吉にとって、少し苦手な部分でもある。


「あー、その……外の空模様もあやしいし、降りだす前に帰ろうか?」

「ふむ、降ってきたら春雨だね」

「……そう、だね」


 こういう時に気の利いた返しを出来ないのが自分の駄目なところなのだろうと仁吉は思う。うまく言葉をつなげず、しかしそのままお互い無言になってしまうのに気まずさを覚えた仁吉は別の話題を振った。


「そういえば南千里さんが入ってたあの資料室って何があるんだい? 僕、実ははいったことなくてさ」

「ああ、あの部屋かい? あそこは文字通りの資料があるのさ。それも、文献として価値が高い郷土史の――ようするに、この町や坂弓伝舎のここの記録とかがさ。たまに大学の先生とかも閲覧しにくるから普段は施錠してるんだ」

「なんでそんな貴重なものが学校の図書室にあるのさ?」

「元は坂弓伝舎の所蔵物だったらしいからね。今やそんなものなくなって普通の公立高校になっても、他所に移すのはどうかという話になったらしい。だからここ、たまに司書資格もった学芸員の先生が来てるよ」

「そういうレベルの史料、生徒が一人で触っていいものなのかい?」

「さっき言った学芸員の先生の指導を受けて、毎回閲覧の度に申請すればいけるよ。今度受けてみるかい?」


 そういう制度があることを、仁吉は三年生になって初めて知った。もう少し早く知りたかったという気持ちと、今からでも受けれるならばやってみたいという気持ちが湧いた。


「そうだね。次に学芸員の先生が来られる日がわかったら教えてくれるかな?」

「よし、確認するよ」


 そう言うと早紀は携帯電話を取り出して何かを打ち込む。十秒後には返事が来た。


「少し忙しくて、GW初日の五月三日まで無理らしいけど、その日は空いてるかい?」

「たぶん空いてるけど、その先生と連絡先交換してるのかい?」

「うん。姉だからね」


 司書資格を持っているということは早紀の姉もきっと本が好きなのだろう。そうなると、姉妹揃って本の虫ということは、早紀の読書好きは家系なのかもしれないと仁吉は思った。


「あ、美人だけど艶っぽいのを期待しても駄目だよ。三国志が恋人の変人だからね」

「……千里山さんが変人って言うなんてよっぽどなんだね」


 顔を変な形にひきつらせていう仁吉に、早紀は少しだけ不満そうな顔を見せた。


「それはなんだい? 暗に私も変人だと言われているのかな?」

「いや、そんなことは、ない、よ。……ごめん」

「気遣いの嘘をつくつもりならば最後までつきとおしてくれよ」


 目をそらして口ごもった末に、絞り出すように謝罪を口にした仁吉を早紀は責める。しかし、そう言っているのは口先だけのことであり、少なくとも表情に怒りは見られない。


「ま、いいさ。また日が近づいたら話すよ」

「うん。よろしく」

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