redrain ax
蔵碓が地面を殴った瞬間、周囲の景色が一変した。先ほどまでそこは住宅街の真ん中だったのが、今は切り立った岸壁に囲まれた荒野となったのである。
フェイロンはその身に青い、水のような紋様を刻み込み、流動する何条もの水で体の周りを鎧っている。
そして、その鉤爪から放たれた二本の水柱で泰伯と蒼天を吹き飛ばした。
泰伯は無斬で受け止めはしたものの鉄砲水の如き勢いに抗えず大きく後退し、蒼天の乗っていたチャリオットは一撃で粉砕されてしまった。
「大丈夫かね、茨木くん!! 三国くん!!」
蔵碓は手近な蒼天のもとへ駆け寄る。それを見たフェイロンは再び鉤爪を振るった。鉄砲水が放たれて蔵碓を襲う。
蔵碓は歯を食いしばり、地面を強く蹴った。中国拳法の震脚に似たその踏み込みと共に地面から巨大な石積みの壁がせり上がる。一時的に攻撃は防がれたが、鉄砲水は少しずつ壁を削っており、やがて間もなく水圧で貫通させた。
しかしその時にはもう二人ともおらず、蔵碓は蒼天を横抱きにして離脱していた。
『方陣に石壁か。面倒くせぇな!!』
フェイロンは声を苛立たせ、警戒するように蔵碓を睨む。
蔵碓も蒼天を抱えながらフェイロンのほうを見ている。そこに泰伯が合流した。泰伯は、幾つか擦り傷を作ってはいるが直撃はしておらずまだまだ動けそうだ。
「会長、この空間は?」
「隔離用の戦闘結界だ。一応これで、周囲への被害は気にしなくて構わない」
その説明を聞いて泰伯は一つ懸念が消えたと安心した。フェイロンと対峙するだけでも厄介なのに、周囲の被害まで意識して戦わなければならないとなると勝てる可能性がさらに低くなるからだ。
「うむ、会長どのは便利な術を使えるようじゃの。ではそろそろ降ろしてもらえぬか?」
蒼天に言われて蔵碓は、失礼した、と言って優しい所作で蒼天を降ろす。
「で、どうするのじゃ?」
降ろされた蒼天はフェイロンを睨みつつ二人に相談した。
「どうすると言っても……とにかく頑張る?」
「全力で推して参るのみ、だ」
蒼天は少し顔をしかめながらも、フェイロンを見てため息をついた。
泰伯の能力は前に二度も共闘したので知っている。蔵碓のほうは分からないが、今の時点で分かるのは肉体を鋼のように硬化させることと石壁を出す能力である。
そもそも二人の性格からして、戦闘中に考えることはするだろうが、多彩な手段や意表を突く奇抜な能力とは無縁であろう、とは蒼天も分かる。
ならば自分はどうするべきかと蒼天は考える。
今のフェイロンは遠距離攻撃を有しており、しかも周囲には水流の防御がある。
無論、力の出し惜しみをするつもりはない。鬼名解魂は使うが、どう使うかということである。
かつての軍を召喚する能力――“荘王熊侶・覇軍北伐”は使い勝手が悪い。フェイロンの力の前に容易く蹂躙されてしまうだろう。
なので当然、その臣下の解珠を使う能力――正式名称を、“荘王熊侶・無双覇将”というのだが――を選択するのだが、どれを使うかというのがまた悩みどころなのである。
今の段階で蒼天が使える臣下の解珠は三つ。そのうち金色の弓は、間違いなく一番強力ではあるのだが、フェイロンとの相性は悪そうだと蒼天は思っている。
それというのも、この力は武器と同時にその技量まで再現は出来るのだが、培われた経験値までは再現出来ない。
(あやつであればこの状況でも打破するであろうが、今の余には無理であろうの)
羿との戦いの時は、羿がその経歴故に対人戦の駆け引きに不得手であったことが幸いした。純粋な弓の技量だけの勝負であったので蒼天に後れを取ったのである。
しかしフェイロンにそういう風はなく、しかも自動的に身を守る術を持っている。
「うむ――時に、平押しもまた戦術じゃの」
と、蒼天は腹を決めた。
そして二人に聞く。
「ヤスタケどの、会長どの。戦車は必要かの?」
「いや――気遣いは有り難いが、私は徒歩のほうが術にも性にも合っているのでね」
「僕も……彼が相手なら、自分の足のほうがよさそうだ。だから、気持ちだけ貰っておくよ」
蔵碓も泰伯もそう言ったので蒼天は自分の乗るだけのチャリオットを作った。
「さて、では行くとするか。“吶喊せよ”――緋雨闘戉!!」