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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter4“chase the hidden justice”
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HEI LONG_2

 轟音とともに泰伯たちの前に現れたのは、人の形をした異形だった。

 漆黒の肌に赤い目。手足に白銀の鉤爪のような装甲を纏った生物――泰伯の最初の敵、フェイロンである。

 地面に降り立ったフェイロンは周囲を見回して、泰伯を見ると舌打ちした。


『――またお前かよ』

「……それはこちらのセリフなんだけどね、フェイロン。君は、あの時に倒したと思ったんだけれど?」


 身構えながら泰伯は言う。

 そう、旧校舎の前で対峙した時、泰伯は間違いなくフェイロンを両断した。そしてその体は、黒い霧となって消滅したはずだ。

 しかし今、フェイロンは傷一つなく、最初に会った時と変わらない姿でそこに立っている。


『あの程度で死ぬかよ。いいや――たかが人間ごときが、俺を殺せるもんか』


 フェイロンは意味ありげなことを言った。

 だが泰伯も目を細めて、


「死なないなら、それでもいいよ。大人しく帰ってくれないかな?」


 と語気を強めてフェイロンを睨む。


『元よりそのつもりだ。戦いなんて趣味じゃねえし、お前らの生き死になんてどうでもいい。俺はただ――そこの小娘さえ殺せればそれでいいんだからな』


 フェイロンが詩季に鋭い殺気を飛ばす。その視線から庇うように蔵碓が詩季の前に立ちはだかった。


「穏便に済ませたいのはこちらも同様だ。私も貴殿と同様に、戦いにも、貴殿の命にも執着はない。しかし――彼女の命を欲されるのであれば、全力で阻止させていただく」


 蔵碓は両の拳を力強く握り、毅然とした態度で言った。

 フェイロンは舌打ちをした。頭を軽く掻きながら億劫そうに眼を伏せてうつむくその様は、実に人間くさい。

 そして、舌打ちをしたかと思うと――その姿が消えた。

 突風が起き、鋼と鋼がぶつかるような音がしたかと思うと、フェイロンは蔵碓の眼前に移動していて、右手の鉤爪を振りかざしている。蔵碓は交差させた両腕でそれを受け止めていた。

 フェイロンの鉤爪は、生身の人間はおろか鋼鉄の門扉さえ布切れのように引き裂いてしまうほどの鋭利さである。しかしそれを止めた蔵碓の腕には血の一滴さえ流れていない。

 これも蔵碓の異能の力なのだろうと理解した泰伯は、フェイロンの動きが止まった一瞬を狙って宝珠を展開した。


「“(うつろ)を断て”――無斬(むざん)!!」


 漆黒の直剣に変えるとそのままの勢いでフェイロンに近づき、その首めがけて振り下ろした。

 だがその時には泰伯の接敵に気づいて、フェイロンはさっと後ろに下がっており、剣は空を切る。二人から離れたフェイロンは泰伯の剣を見て納得したような表情をした。


『なるほど、傀骸装(くがいそう)か。それで得心はいったが――“鬼”が持つには、随分と大そうな剣だなそいつは』

「……いい鍛冶師がいるものでね」


 剣を両手で握りながら泰伯は驚愕を隠しきれなかった。

 前に戦った時よりも速い。そして纏う雰囲気、こちらに向けられる圧も凄まじい。幾度もの戦いを経て経験を積み、蔵碓という頼もしい味方がいる。以前に戦った時よりも今回のほうが有利なはずなのに、何一つとして安心できる要素がなかった。


『なんだそのツラは? 武器に慣れて気が緩んだか? 一度勝った相手だからと慢心したか? 思い違うなよ孺子。あの時の負けは負けで認めてやるが、それで次も勝てるほど、世界は都合よくないだろうが?』

「……そうだね。君の言う通りだ。だけどそれでも、負けるわけにはいかないんだよ」

『は、そうか。なら――死ね』


 そう言ってフェイロンが動こうとした瞬間だった。

 泰伯と蔵碓の間を縫うように、その背後から飛来した一本の矢がフェイロンの喉を狙う。泰伯たちでさえ気づきもしない神速の矢を、フェイロンは目で見て軽く躱した。

 その背後にはチャリオットに乗り、黄金の弓を構えた蒼天の姿がある。


「なんじゃシキ。モテモテじゃのう。しかし黒づくめのトカゲもどきとは、些か男の趣味が悪いのではないか?」


 蒼天はわざとらしく軽口をたたいた。

 その言葉で、今まで強張っていた詩季の顔が少し緩み、次に苛立ちに染まった。


「そんなわけないでしょ!! どこをどう見たら私があれといい感じに見えるわけよーッ!?」

「ほう、では間男か。そういうのはよろしくないぞ。婦女を力で手籠めにする者は、それが一国の王であっても報いを受けるものじゃ。いわんや畜生をや、の」


 そう言いながら蒼天はチャリオットを進めて詩季に近づくと、もう一乗、新たにチャリオットを出して詩季を乗せた。その上には御者と戈を持った兵士がいる。


「ほれ、さっさと行くがよいシキ。この場は余らでどうにかしておくでの」


 そう言うと蒼天は、詩季を乗せたチャリオットの御者に命じた。チャリオットが走り出し、御影家のほうへ走っていく。それを見届けた蒼天は蔵碓に、


「これでよかったのであろう?」


 と言ってウインクをした。


「うむ、助かったよ三国くん。仔細はまだだが、君が検非違使に入ったということは焱月(えんげつ)くんから聞いている。よろしく頼む」

「うむ、こちらこそよろしく頼む。戦場(いくさば)ゆえに車上からで失礼するが許されよ、会長どの」


 そのやり取りを見ながらフェイロンは、


『また敵が増えたか。仕方ねえ、纏めて押し流して(・・・・・)やるよ(・・・)!!』


 フェイロンが左右の腕を十字に交差させる。

 それは前に泰伯との戦いの最中にも見せた動作であり、その時は船乗りシンドバッドの幻術のおかげで不発に終わった技であった。

 尋常ではない殺気の増大を感じた泰伯は咄嗟にフェイロンに向かって駆け出し、蒼天は黄金の弓に矢を番える。

 そして蔵碓は、胸の前で両手を合わせると、そのまま拳を握って地面を殴った。

 泰伯と蒼天の行動はフェイロンを止めるためのものである。しかしそれは間に合わなかった。フェイロンは飛んでくる矢を躱し、泰伯から逃げるように大きく後ろへ跳んで、叫ぶ。


『“決壊(けこわ)せ”――破堰黒牙(ポーイェンフェイヤー)

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