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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter4“chase the hidden justice”
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soul watcher_3

 図書館を出て、途中で聖火と仁美に遭遇して仁吉の株が下がりながらも、仁吉と信姫は次の場所へと向かっていた。

 だが仁吉は目的地を知らない。

 仁吉が訪ねると、信姫は少し先を指差す。そこは音楽室だった。中からピアノの音が漏れ聞こえている。とても流麗で上手な演奏であった。

 しかし――。


「……ねえ御影さん? 今演奏されている曲がさ、僕にはすごく『六甲おろし』に聞こえるんだけれど」

「何ですかそれ?」

「阪神タイガースのテーマソングでね」


 と話しているとちょうど演奏が止まったので仁吉は音楽室の扉をノックした。どうぞ、と促されて中に入るとそこには2人の教師がいる。

 ピアノの前に座っているカーキ色のスーツを着た白髪交じりの男性は、音楽教師の西院(さいいん)怜士(れいじ)である。

 そこから少し離れたところでキャンバスを立てた前に座り、左手で筆をくるくると弄んでいる赤毛の女性は美術教師であり、蒼天の担任でもある岡町(おかまち)琥珀(こはく)だ。


「これは……。南方くんに御影さん。何か御用ですか?」


 怜士は丁寧な口調で二人に問いかけた。信姫の服装について何か言おうとしたようだが、そのことは口にしないことにしたらしい。


「ええ、少し西院先生にお聞きしたいことがありまして」


 と、信姫も礼儀正しく振る舞う。その様は始業式の日に生徒会室を訪ねてきた時の、良家の子女で優等生の御影信姫の振る舞いだと仁吉は感じた。

 服装がどうしようもなく馬鹿っぽいことを除けば、だが。


「お、信姫。それ長くなる話か? ならついでにモデルやっていかないか? どうにも、スロットで溶かしまくったのにまだ調子が上がらなくてな」


 琥珀はそう言って信姫を手招いた。

 その言葉を聞いて、信姫が返事するより先に仁吉が琥珀を咎めた。


「相変わらず先生は教育に悪いですね。そういうこと、生徒の前で言うのはどうなんですか?」


 しかし琥珀は悪びれもせずに、


「別にいいだろう? 教育に良くない大人を知るのもまた教育だよ、仁吉」


 と億面もなく言ってのけた。

 詭弁を弄されているように思った仁吉は怜士に助けを求める。怜士は穏やかで、紳士的で、そして生徒に対して真摯な人であり仁吉が人間的に特に信頼している教師であった。

 怜士は仁吉に視線を向けられて苦笑しながら、


「まあ、そうですね。大人を知るという意味ならば、岡町先生より適した教師はいないかもしれませんよ」


 と意味ありげに言った。

 それが琥珀へのフォローなのか教師としての体裁を保つための言葉なのか。それともそのままの意味なのか仁吉には分からない。仁吉にはどう考えても琥珀はダメな大人としか思えないからだ。


「それでお二人とも。どうしましたか?」


 怜士が二人に問いかける。


「仁吉だけなら、六甲おろしに誘われてきたとしてもおかしくはないんだがな」


 琥珀はキャンバスに鉛筆で何かを描きながらそう言った。

 仁吉は違いますよ、と呆れたように言いながら、


(僕、そんな普段から阪神阪神言ってるか?)


 と少し心配になってきた。クラスメイトの延利(のぶとし)も仁吉に何かあればすぐに阪神の勝敗を持ち出してくる。

 仁吉は確かに阪神が好きだ。阪神が勝てば嬉しいし、負けると少し切なくなる。しかし毎日試合を観るような真面目なファンではないし、その勝敗に大きく気分を左右されることはないと自分では思っている。

 なのにクラスメイトの延利はともかく、美術の授業以外で関わりがなく担任になったこともない琥珀にまで阪神ファンと認識されているのは何故だろうと不思議に思った。

 仁吉が一人でそんなことを考えている間に信姫は怜士に本題を聞く。


「先生は、船乗りシンドバッドという噂を聞いたことがおありですか?」


 信姫は慇懃に聞いた。そして怜士はあっさりと頷く。


「そういう名前を書いて、たまに音楽室に楽譜を置いていくシャイな生徒がいるんだ。弾いてほしい曲があるようなのだが、直接言いにくるのが照れくさいか人見知りなのだろう」


 そう言って怜士は隣の音楽準備室に行くとそこから何枚かの楽譜を持ってきた。その楽譜にはすべてに、隅の方に『Sindbad(船乗り) the sailor(シンドバッド)』と書かれている。

 どの楽譜も手書きであり、曲名は書かれていない。そして怜士も、どの曲も自分は知らない曲だと言った。実際に何曲か弾いて貰ったのだが仁吉にも分からない。

 信姫は顎に手を当てて何か考えごとをしており、仁吉が、


「心当たりがあるのかい?」


 と聞いてもすぐには反応せず、暫くして話しかけられていることに気づくとハッとなってから静かに首を横に振った。

 その時である。


「ん、この曲は……」


 琥珀が呟いた。


「岡町先生、何かご存知なのですか?」

「ああ。いつかの夜にひょうたん池で絵を描いてた時に聴いたな」


 何故夜に一人でそんなところに、と三人は思ったが誰も聞かない。どうせ酒かギャンブルの話になると分かりきっているからだ。


「それで、聴いたとはどういう意味ですか?」


 信姫が食い気味で琥珀に問う。


「別にそう大した話じゃないさ。口笛だよ。フードで顔を隠した男がいてね。流れで一枚描いてやった」

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