slave's blade_2
午後四時になってようやく坂弓高校の裏山――北斬山にやってきた龍煇丸を、為剣は鬼の形相で睨みつけた。
しかし龍煇丸のほうは特に悪びれもせずに堂々としている。
「……一言くらい、なんかないのかよ?」
「そうだね――。この度は私の記憶違いのためにご迷惑をおかけしました。申し訳ございません、大叔父上」
龍煇丸は居住まいを正し、そう言って頭を下げた。
しかし頭を上げるとけろりとしていつもの軽い調子に戻り、
「これでいい?」
とさらりと聞く。
為剣は諦めたように、
「……まあ、それでいいよ」
と答えた。先ほどまでは怒り心頭だったが、今は半分くらい怒る気が失せていたのである。そしてもう龍煇丸の過失については言及せずに事件のことを聞いた。
「もう一度確認するぞ。今回の騒動の主犯は“鬼名”持ちなんだな?」
この話は検非違使の報告に挙げず、龍煇丸が為剣にだけ直接していた。そしてもう一度、念を押すように確認する。
龍煇丸は頷いた。
「なら『鬼方士』の残党か何かか? それか、そいつらに造られた実験体がまだいたとか?」
鬼方士は龍煇丸を攫って“鬼名”や“宝珠”の研究をしていた悪の術士集団である。為剣にとっては“鬼名”絡みの騒動で真っ先に思い浮かぶのは鬼方士であった。
「いや、どうもそーいうのじゃ無さそうなんだよね。タメさんは“不八徳”と“八荒剣”って言葉聞いたことない?」
その質問に為剣は、なんだそりゃと疑問符を浮かべる。龍煇丸はそこで、前に仁吉たちと四人で話した時にすり合わせた内容をそのまま為剣に教えた。
「都合十六人の“鬼名”持ちの争いだと?」
為剣は驚きの声を上げた。
「そーそ。タメさん、知らなかったんだね? “鬼名”持ちなのに」
「……知らねえよ。俺だって、何の因果でこんなもん持って生まれてきたかなんざ分からねえんだからな」
為剣は忌々しげに呟く。
それは本心だった。“鬼名”というものを持って生まれたことに、為剣は心の底からうんざりしているのだ。
「えー、でも格好いいじゃん? “鬼名”って字面もいいし、傀骸装は便利だろ?」
「うっせぇな!! こいつのせいで鬼方士に捕まって半世紀も幽閉生活だったんだぞ!! どうにかこうにか逃げてきたら何もかも変わってて完全に浦島太郎状態だからな」
為剣は龍煇丸も口にした通り、龍煇丸たちの大叔父――つまり、祖父の弟である。
「まあ玉手箱は持たされてないし、どころか若々しさを保ってもらえたんだからまだいんじゃね?」
「……そうだな。老化減速の霊薬だかを飲まされたのが、貴重なサンプルを少しでも長く研究するため、なんてクソみてぇな理由じゃなけりゃあな」
為剣はそのことを思い出して目を伏せた。
口で言うと容易いが、半世紀もの間、非道な組織に拘束されて囚人以下の生活をしていたという事実は消えず、今は解放されているからといってその時に受けた苦しみがなくなるわけではない。
「ま、タメさんも大変だったんだね?」
龍煇丸は他人事のようであった。
「いや、お前も似たような目に合ってんだろうが?」
龍煇丸もかつては鬼方士の実験体であり、しかも攫われる際に家族を殺されている。受けた苦痛は為剣よりも多いはずなのだが――。
「まあそうね」
とてもあっさりしている。
「……お前、それでいいのか?」
「いーよ。まあそりゃ、ホントは悲しんだりムカついたりするとこなんだろうけどさ。どうも俺、そういうのないんだ。薄情っつーか、普通の人にあるはずのそういう機能が欠けてんだろーね」
「……自分で言うのかよ、それ?」
「うん。だって別にどうしようもねーし。それにさ、あんな連中のせいで一生モノのトラウマ背負うよりはいいと思ってるぜ? しくしくメソメソ、悲劇のヒロイン気取って心に陰がかかったみてーな人生をずっと歩いてくよりはいいでしょ?」
それはそうかもしれないが、と為剣は反応に困ってしまった。
悪党のせいで罪のない人間が心に消えない傷を負い、心を昏くして生きていかなければならないというのは世の不条理の最たるものである。それを思えば龍煇丸の言う通り、歯牙にもかけずけろりとしていられるほうが幸せではあるだろう。
そして当人がこんな感じであるのに他人が端から同情するのもおかしなことだとも思う。
色々と考えて――とりあえず、龍煇丸がいいならそれでいいのではないかというありきたりな結論に達した。
そして為剣は、龍煇丸が“鬼名”持ちと戦ったと聞いて一つ確認しておきたいことがあり、顔を険しくして龍煇丸を見た。
「なあお前、戦いの時に――眼帯取ってないだろうな?」