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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter4“chase the hidden justice”
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春秋無義戦

 申公は「覇者」という言葉は儒者の作った幻想と言い切った。

 そして蒼天は儒者がそれを創った理由を、食っていけないからだと言い、申公は肯定した。


「流石は僕の推しだね。一を聞いて十を知るという言葉は君のためにあるようだよ」


 申公は絶賛するが蒼天はかえって馬鹿にされたような気分になり、


「ふん。七、八くらいまで説明しておいてよくそんなことが言えるの。余は見え透いた世辞は好かぬ」


 と不機嫌をあらわにしたした。

 しかし申公はおどけるように肩を竦めて、


「いやいや、僕は実際、そんなに多くを語ったつもりはないよ。あの説明を七か八まで話してもらえたと認識しているなら、それはやはり君の頭のめぐりがいい証さ」


 と、機嫌取りのつもりはないとアピールをする。

 蒼天は、そうか、と短く返した。真偽はどうあれ申公はそのスタンスで通すつもりらしい。ならば不毛な水掛け論などはせず、そういうことにしておこうと諦めたのである。

 申公は蒼天のそんな態度を意にも介さず、


「それで、まあ僕の偏見は君が今語った通りなんだけど、いちおう答え合わせをしておこうか。どうして、儒者が食えないから「覇者」という語を創る必要があったのか、というね」


 と話題を続けた。

 蒼天は腕を組んで、退屈そうな顔をしながら口を開く。


「遊説を行う者は自説を採用されることで初めて食い扶持となる。つまりは、乱世の主君受け(・・・・・・・)が悪くては話にならぬであろうよ。余は儒学について詳しくはないが、ああいった学問はつまるところ、トップが行いを改めて善行を尽くせば周囲も感化されてゆき、法や武力を使わずとも自然と国は安らかになる、というようなものであろう?」


 申公はうんうんと頷いている。


「四方八方が悪党だらけの時代にあって、そんな寝言を真に受けて実践するアホがおるものか。いたとすればそやつは真っ先に国を無くしてその財貨は群盗どもに山分けされてしまうであろうよ」

「まったくもってその通りだよ」

「その対策はもちろん、多岐にあろう。兵を養うなり、外交の道を模索するなり、商業を起こして経済の力で戦を避けるなり、の。しかし儒者のやり方はあまりにも悠長すぎる。といって、そこを否定してしまえば儒学という学問そのものが根幹から揺らいでしまう」

「儒学なんてのは後の世での広がり方を見ても分かる通り、平和な時代にこそ適した学問だからね。ある儒者は『馬上で天下を制することは出来ても馬上で天下は治められない。だからこそ儒学が必要なのだ』と語ったくらいだ。しかしそんな学問が乱世に誕生した、という点については面白さを感じもするのだけれどね」


 そう言ってから申公は、最後の意見は話題の脱線だった、という顔をして、蒼天に続きを促す。

 蒼天は続きを話し始めた。


「乱世の君主などというものは、儒者には肯定できぬ生き物であったわけじゃ。しかしそうは言っても、君主や大臣という雇用主なりスポンサーなりがいないと学派が廃れていく。そこで生み出された妥協点が「覇者」であった、というところであろう?」

「その通りだよ。覇者は武力を積極的に用いるという点においては戦国時代の君主と類似している。しかもその戦争には、同盟国を守るとか、同盟を破った国を攻める、みたいな――正しさっぽいものがあるからね。清廉潔白を貫き、仁徳で人々を教化しなさいなんて思想よりはまだ受け入れやすいわけだ」

「だから、表向きは否定しつつも教義の端々で覇者を肯定して、体裁を保ちつつ実利を取ったということか」

「そういうことさ。しかも、五覇なんて曖昧な言葉を使って、その実像を曖昧にするという手の込みようだ。ギリギリ周王室の輔弼者と言えるのは斉の桓公と晋の文公くらいだが、それ以外にも覇者はいるのだという考察の余地を与えて、武力で諸侯の上に君臨した者たちとない交ぜにしたのさ」

「なるほどの。それで、余や呉王、越王といった周から見れば縁遠く、むしろ脅威であったろう君主たちも五覇に数えられておるというわけか。いやむしろ、そういった君主の在り方を遠回しに肯定することこそが、「覇者」や「五覇」という造語の真意であったのかもしれぬの」


 と、ここまで話していて蒼天は、申公と淀みなく議論が出来てしまった自分に呆れていた。

 性格はまるで違うが、自分と申公は似た者同士なのだと気づいたからである。

 要するに二人とも、奇麗ごとだの建前だのといったものを信じていないのだ。言葉に清廉さがあるほどに、それを虚飾だと疑ってかかり、隠された欺瞞を暴こうとする。そしてそれを見透かして嗤いたがるところまでそっくりなのだ。

 違いがあるとすれば、蒼天はその欺瞞を見下すようにあざ笑うが、申公はどちらかと言えば道化の演じる喜劇を楽しむような姿勢でいるということだ。しかし根幹にあるのは似ていると言える。

 そう考えると、蒼天が申公のことを気に入らないのは単なる同類嫌悪なのかもしれない――などと蒼天は思った。

 しかしそんな蒼天の思考をよそに申公はとても満ち足りた顔をしていた。

 そして、窓の外に目を向ける。


「いやあ、君との語らいは実に楽しいよ。時間が許すならばいつまでだってしていたいが――そろそろ君に野暮用が出来そうだ」


 そう言って申公は窓の外を指さす。蒼天がそちらを見ると、詩季が血相を変えて屋敷の外に走って出ているのが見えた。詳細は分からないが、ただ事ではないということだけは分かる。

 蒼天は少し、警戒するような目で申公を見たが、


「僕のことは気にせずに追いかけたまえよ。大事な友人なんだろう?」


 と言った。

 問い詰めたいことは山ほどあるが、詩季の顔は何かに追い詰められているようなものであったので、それを看過することが出来ず、蒼天は窓から飛び降りて外に出ると詩季の後を追いかけた。

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