swordman_2
「誰だい、あの先輩?」
泰伯はガロに聞いた。
「三年の南千里悌誉先輩だよ。知らないのか、タイハク?」
「知らないよ。だいたい、なんで委員会もやっていなければ部活が同じわけでもない先輩のフルネームなんか知っているんだ?」
「だって有名人だもん。美人だしさ」
清々しい笑顔でガロは語る。
ともすれば、ガロの頭の中には美人の先輩が同学年の女子の情報はすべてはいっているんじゃないかと泰伯は思った。
「そっか。つまりガロは、相手が美人なら御影先輩じゃなくてもいいわけだね」
泰伯は少し意地の悪いことを言ってみた。
そう返されるとガロは慌てながら首を横に振った。
「バッ、違うって。御影先輩は特別だよ。ただそれはそれ、これはこれってやつだ。お前も男ならわかるだろ?」
「ごめん、わからないね。そういう話は彷徨とでもしてくれ。あいつとガロならきっと、一日中だって盛り上がれると思うよ」
「たまにするよ、そういう話」
泰伯は思わず目を細める。
彷徨は泰伯にとって単純でわかりやすい部類だが、ガロもそれに引けを取らない。よくもここまで予想を裏切らずにいてくれるものだと、いっそ感嘆さえ覚えるほどだ。
「まさかと思うけど君たち、玲阿をそういう話の対象にしてはいないだろうね?」
「うっわ出たよクールシスコン!! タイハクってほんと妹ちゃんのこと大好きだよな」
「世の中の兄や姉はみんなこんなものだよ。それで――どうなんだい? 真剣に好きだとかいうなら構わないけれど、軽い気持ちや冗談半分でそういう話のネタにしてるというなら……」
話しながら泰伯の顔は険しさを増していく。
基本的に柔和な笑みが張り付いたような、誰に対しても人当たりがよく他人からの言葉に目くじらを立てるような性格ではないが、数少ない例外が妹の玲阿だ。
「……別に、してないけど。してたら、どうするんだよ?」
「そうだね――いや、やめておくよ。口にしてしまったら、間違いが起きた時に実行しなくちゃいけなくなるからね」
雨上がりの空のような爽やかな笑顔で泰伯は言った。
そのことが、ガロの背筋を震え上がらせる。
「怖いんだよお前は!! もう、言われたかないけど、ぶっ飛ばすとか〆るとか殺すとか言われるほうがいっそマシかと思っちまうってなんなんだよ!?」
「軽い気持ちでそういう言葉を口にするのはよくないことだろう?」
「いやまあそうだけど、そりゃそうなんだけどさー」
ぎゃあぎゃあと喚いているガロをなだめている間に、泰伯はもう一度、信姫のほうを見る。
南千里の姿はもうそこにはなかった。
そして信姫が再び手を叩いて、練習の再開を促す。壁に掛けた竹刀を取りに行ったついでにふと外を見ると、空には不気味な黒い雲がたちこめていた。
(そういえば今日は傘、持ってきてないや。家に帰るまでもてばいいけれど)