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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter4“chase the hidden justice”
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the karma

 図書館を出た仁吉は、早紀から渡された三つの袋を不思議そうに眺めている。


「何なんだいこれ?」


 そして隣の信姫にそう聞いた。


「三国志ではよく出てくる話でしてね。軍師が遠征に行く将軍などに、困ったらこの袋を開けなさいと渡すのですよ。そして開くと、最初からその状況を予見していたかのように、その事態への対処法が書いてあるという――まあ、軍師の先見の明をアピールするための小道具です」

「なるほど。つまり、困ったらこれを開けということか」


 その言葉に信姫は、どうでしょうかと言って渋面で目を伏せた。


「早紀のことですから、きっとシェイクスピアの名言でも適当に選んで書いていれているに決まっていますよ。想像してみてください。限界崖っぷちに追い詰められて縋る思いで袋を開けた時に、『楽しんでやる苦労は苦痛を癒すものだ』と書いてあったらどうですか?」

「……普通にイラッとするよね」


 むしろ今、想像しただけで仁吉は少し苛立ちを覚えてしまった。


「彼女は昔からそういうところがあるので」

「まあ、やりそうではあるよね」


 と話しながら、次はどこに向かっているのかと聞こうとした時である。


「……吉兄(よしにい)、何してんの?」


 廊下でばったりと、聖火と仁美に鉢合わせた。

 聖火は目を丸くして口をぽかんと開けて、状況が理解出来ないという反応である。隣に住んでいる年上の従兄が、手に小袋を持ってシャーロック・ホームズのコスプレをした美人と並んでいればそうなるのも無理はないだろう。

 聖火の横にいる仁美は興味が無さそうで、ムスッとした仏頂面で仁吉と信姫を見ていた。

 聖火はやがておずおずと仁吉を指差して、


「吉兄、もしかして……なんか、悪いことでもした?」


 と聞いてきた。


「……なんでそうなるんだい?」


 仁吉はとても困った顔をした。


「だって、その……ねえ?」


 聖火も、口に出したはいいが具体的な説明が出来なかったようで、横にいる仁美に助けを求める。仁美は目を細めて、


「まあそうではないでござるか? 美人が横にいても少しも楽しげではないのなら、何かやらかしたのでござろうよ」


 と興味の無さそうな声で言った。

 仁吉は何と説明したものかと、頭に手を当てて考えこむ。そして、


「まあ……前世の罪の報いでも回ってきたんじゃないかな?」


 と投げやりに答えた。


「何ですかその曖昧な答えは?」


 信姫は窘めるように言うが、仁吉は信姫を横目で見た。


「……君がそんな格好してるせいでこうなったんだぞ? これでダメなら代わりに君が説明してくれよ」


 仁吉も少しムキになって言い返す。

 信姫はそうですね、と言うと聖火と仁美のほうを見て、


「南方くんはシャーロック・ホームズの服を着た女性が趣味らしいので」


 と微笑を浮かべて言った。

 聖火はうわぁ、と呻きながら顔をしかめて数歩後退り、仁美はいい歳をして道で酔いつぶれているだらしない大人を見つけた時のような軽蔑の眼差しを向けた。

 しかし仁吉は、実妹と従妹にドン引きされながらも、


「もうそれでいいよ。二人に実害はないだろ? 趣味なんて人それぞれじゃないか」


 と、重たい声で言った。嘆きと諦めが詰まった、湿度の高い声である。


「それより、風紀委員の見回りの最中なんだろ? いつまでもここで油売ってていいのか?」


 と言われると聖火は遠のくように仁美を連れてその場を去っていった。


「……仁吉くん、怒ってますか?」


 二人がいなくなると信姫は、おそるおそる言った。


「怒らせるつもりじゃないなら、笑ってあんなこと言わないでくれよ」

「それはその……困り顔で言うほうが、仁吉くんの悪人感が増すかなと思ったので」

「それは……そうだね」


 何となく気まずい空気になった。

 信姫は話題を変えるために違う話題を出した。


「ところで……どうして南方くんの妹さんは、あんな、侍みたいな喋り方をしているのですか?」

「それは僕も聞きたいね。高校に上がって、入学式の次の日から急にああなったんだよ」


 仁吉はあっさりと言った。


「理由を聞いたりはしなかったのですか?」

「別に。どうせ聞いても教えてもらえないだろうしね」


 素っ気ない口調である。思うところはあったが、信姫はそれを口にするのはやめておくことにした。

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