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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter4“chase the hidden justice”
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貪生棄行、非義也

 六年前の海難事故で命を落としたはずの、泰伯の初恋の少女――高槻(たかつき)勇水(いさみ)

 その彼女が今、当時の姿そのままで泰伯の前に立っていた。

 違う点と言えば、泰伯の知る勇水は快活で年相応に笑う少女であったが、今の勇水は落ち着きがあってとても冷静だ、ということくらいだろう。

 しかしそんな変化さえも、彼女があの日死ぬことなく齢を重ねていればこういう風に成長していたのではないかと泰伯には思えてしまう。

 自分の頰に差し伸ばされた手に、泰伯はゆっくりと自分の手を伸ばす。暖かくて、とても安心するような感触だった。


「……本当に、勇水ちゃん、なのかい?」

「ええ。久しぶりね、泰伯くん」


 その言葉を聞いた瞬間、泰伯は涙をこぼしていた。


「けれど、生きていたわけではないわ。今の私は“鬼”のようなものよ。死んでいるわけでも幻でもないけれど、生きてもいないの」

「それは……どういう……?」


 そう聞こうとして、泰伯は首を大きく横に振った。

 そして、腕で涙を拭って勇水に笑いかける。


「……いや、何があったのかは、今はいいさ。僕は、もう一度君に会えただけで、それだけで嬉しいんだ……」


 子供のような無邪気な笑顔と、拭ったにも関わらず今も双眸に涙を溢れさせている泰伯を、勇水は大きく目を見開いてジッと見つめていた。

 泰伯はそして、顔を険しくした。


「何を言おうとしているかは、分かるわよ。そんな言葉を(・・・・・・)聞きたくはない(・・・・・・・)のだけれど(・・・・・)、一応聞いてあげるわ。もしかしたら、私の目に狂いがあるかもしれないものね」


 その言葉は泰伯にとって心臓に刃を突き刺されたに等しい。いや、喉の奥から刃が生えてくるほどの激痛である。

 見透かされているような気がした。

 自分が――とても浅ましく、醜く、つまらない人間だと突きつけられていると分かった。

 泰伯が今から言おうとしていること。それを口にする(・・・・・・・)こと自体が恥であると(・・・・・・・・・・)、泰伯にも自覚はある。

 しかし泰伯には、それで駄目なら他にはもう、自裁するしか(・・・・・・)道を思いつかなかった。


「……僕は、あの時君と約束したのに――」


 そこまで口にしたところで勇水は、右の人差し指を立てて泰伯の口元に当てる。それで泰伯の言葉を遮ると、ため息をついた。


「――やはり貴方はそう言うのね。今の貴方に似た男たちを、かつて(・・・)見たことがあるわ」

「……え?」

「一人は魚の腸に隠した剣で王を刺し、一人は命令のために妻子を主君に殺させた。今の貴方と、とてもよく似た魂の形をしていたわ」


 勇水が挙げた人物のうち、一人の名前は分かった。

 そして、かつてその人物を見たことがあるということは――。


「……君も、“鬼名”を持っているのかい?」


 泰伯はそう口にした。

 八荒剣や傀骸装といった異能の力が関わっているのなら、死んで火葬までしたはずの勇水が今ここにいることも、あるいは何か説明がつくのかもしれないと思ったのだ。

 そして勇水は泰伯の問いに小さく頷く。


「まあ、私の名前なんて大したものではないけれどね。そもそも私は、どちらでも(・・・・・)ないのだから(・・・・・・)


 と言ってからもう一度、泰伯を見つめる。


「しかし、そうね……。流石にそのままというのは見ていられないわね。だから、貴方が掛けた(・・・・・・)呪いを解く(・・・・・)ために(・・・)もう一つ呪いを(・・・・・・・)掛けてあげるわ(・・・・・・・)


 その言葉の真意を問いたいと思ったが、勇水に直視されると泰伯は言葉が出てこなかった。

 勇水ははっきりとした声で、


「宿題よ。私が貴方の何に失望したのか考えておきなさい。分かるまで、死んでは駄目よ」


 と告げた。尚も黙り込んでいる泰伯を勇水は、少し目を細めて睨む。


「返事は?」

「あ、ああ……うん、わかったよ」


 しどろもどろにそう返すと、勇水ははじめて年相応の笑顔を見せて、よろしい、と返した。

 それはまるで教師と生徒のようなやりとりである。

 そして勇水は満足したようで、踵を返して立ち去ろうとした。


「ま、待ってくれ、勇水ちゃん――。君は……今の、君は一体…………?」


 しかしこのまま別れるのが嫌で、泰伯はつい聞いてしまった。

 呼び止められた勇水は、足を止めて振り返る。


()仲雍(ちゅうよう)(すえ)延陵えんりょう季子(きし)の不肖の弟子。国が滅びるのを見るに偲びず自裁しただけのつまらない女よ」

「延陵の季子と言うと……」


 泰伯が自分の知識の中からその言葉を探していると、その時には勇水の姿はもう見えず、そこにはひらひらと白い羽根が何枚か舞っているのみだった。

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