noble family
詩季を信姫と混同してしまった泰伯は、蔵碓から説明されて素直に詩季に頭を下げて非を詫びる。詩季も、泰伯に悪気があったわけではないと分かっているので不機嫌そうな顔をしながらも、まあいいわ、と許した。
その間に蒼天と忠江は泰伯について話している。
「ねえヨッチ、あのイケメンさん誰?」
「玲阿の兄君じゃ」
「へー。マジで顔がいいね。でも耳はバカなんだよなー」
「……うむ、まあ、そじゃの」
歌の話を持ち出されて蒼天は少ししょぼんとする。
そして蔵碓と悌誉はお互いに、どうしてここにいるかという話をしていた。
悌誉は検非違使のことを知らないので普通の態度で接しており、蔵碓も悌誉が異能の力を持っていることは知らないので検非違使のことは伏せて御影家に行く事情を話した。
そうして話しながらも六人は歩いていたのでじきに御影家についた。
そこは、豪邸と呼ぶべき広さだった。
木造二階建ての日本建築であり、広大な敷地には木造の大きな門がある。まるで時代劇に出てくる大名屋敷のようであり、サッカーコートほどある庭園には橋付きの池に蔵が三つもあった。
そのあまりの大きさに蔵碓以外の四人は圧倒されている。
「……シキよ。おぬし、お嬢様だったんじゃな」
「ここだけ江戸時代みたいだよね」
「普通に家の中でかくれんぼ出来るくらい広そうじゃんね」
蒼天、泰伯、忠江は呆然と屋敷の屋根を見上げながら呟いた。悌誉も、圧倒されていることには違いないのだが驚いてはいない。
「まあ、御影家ならこれくらいはあるだろうさ」
その言葉に蒼天と忠江は疑問符を浮かべる。
「まあ、戦国時代からある家ですからね」
と泰伯は返す。
これは坂弓市の歴史の話であり、しかし蒼天と忠江はそのあたりのことに興味がないのであまり詳しくない。そこで悌誉が説明することになった。
「まあ、御影家というのは元は戦国大名でな。この辺り一帯を治めていたんだよ。ちなみに千里三家は御影家の有力家臣だ」
「確か……軍事の南千里、内治の北千里、外交の千里山――でしたよね?」
泰伯が補足しつつ悌誉のほうを見る。
「あっているが、私を見るな。私は別に直系じゃないよ」
悌誉は素っ気なく言う。
「それでまあ、江戸時代には徳川譜代の大名家に臣従し、明治になって版籍奉還した後も大名時代の人脈や財を元手に商売を初めて成功したらしい」
「ま、だいたいそんなところね」
悌誉の説明に詩季は興味無さそうに頷く。
そして詩季は五人を玄関まで案内すると、そこに置かれていた古めかしい鍵を蔵碓に渡した。
「じゃあお願いしますね、会長。父は今日いないので。何かあったら言ってください」
詩季から鍵を受け取って蔵碓は頷き、泰伯と共に地下の隠し蔵のほうへ向かう。庭の一角に柵が張り巡らせてあり、穴が掘られている。その奥には古く錆びついた鉄扉が開け放たれており、地下へ続く階段が伸びていた。
入り口には『扉を閉めないこと』と書かれている。
「なんで閉めたらダメなんですか?」
「古い扉だからだろう。迂闊に閉めて閉じ込められてしまえば、壊すより他になくなってしまう」
蔵碓はさらりと言う。泰伯は最初、外から鎚か何かで打ち壊すということかと思ったが、そういえば蔵碓は検非違使の戦士なので鉄扉くらいは壊せるのだろうと理解した。
「そう言えば昔、南方先輩も崇禅寺の蔵に閉じ込められたらしいですね?」
思い出したように泰伯が蔵碓に聞く。
「うむ。あの時は大変だったよ」
蔵碓はしみじみと言った。
そして二人が地下室に入ると、そこには薄暗く広い無愛想な空間に木箱が幾つも置かれていたり古い書籍やら紙の束が平積みにされていた。
電灯など当然なく、後から置いたであろう設置型の電気スタンドがあちらこちらに並べられている。
「……これ、絶対今日一日じゃ終わりませんよね?」
「うむ。夕方までにやれるだけやろう。流石に今日で終わらせてくれとは言われてはいないとも」
その言葉に少し安心し、二人は本を手にして作業に取りかかった。