diviner in the library_3
「君たちが付き合っているとは知らなかったが、それはそれとしてミナカタくん――じゃじゃ馬ならしなんて、あまりいい趣味じゃないとは思うけれどね?」
図書室に着くなり、貸出口のカウンターに座っている図書委員長の千里山早紀は、仁吉と信姫を見て無表情でそう言い放った。
早紀は図書室には似合わない携帯ゲーム機を手にしながら二人を一瞥してそう言い放ったので、仁吉と信姫は違う理由で早紀に対して怒りを抱いた。
「……別に僕と御影さんはそんな仲じゃないよ」
と仁吉は言う。すると早紀は携帯ゲーム機からは視線を外さずに、
「君はよく、付き合ってもいない女子がそんな奇天烈な格好をして歩いている横に付き添えるものだね」
と言ったので、仁吉は返す言葉を失ってしまった。
まったく早紀の言う通りであり、いかに私服校とはいえどシャーロック・ホームズのコスプレをして放課後の校舎を散策している人間に同行しているのは、端から見れば同系統の奇人と見られても仕方がない。
ましてその相手が恋人でもないというならば、下心があるか、余程の暇人だろう。
実際は一応、仁吉にも利点があるから同行しているのだが、それを話す気にはならないので仁吉は仕方なく、
「……まあ、色々あってね」
と、曖昧な言い方で濁すしかなかった。
そして信姫のほうは、
「私は別にカタリーナほどのお転婆ではないと思いますが?」
と、早紀が思い浮かべたであろうシェイクスピア作品のヒロインの名前を出し、柳眉を逆立てて抗議した。
「しかし君はオフィーリアではないよ。良く言えばコーディリアだが、実際はゴネリルかリーガンみたいなものだろう?」
「小学校からの知己に対して随分と好き放題言ってくれますね貴女は」
信姫は不快感をあらわにした。
「……『リア王』なら、僕はエドマンドが一番好きだよ」
と仁吉は見当違いのフォローを入れる。しかし早紀はもうこの会話に興味をなくしたようで携帯ゲーム機のほうに集中していた。
「ところでいいのですか? 図書委員長が委員会活動中にゲームなんかしていて」
信姫は咎めるような口調で言う。
「別にいいさ。音は出してない」
「まあそうですが……。何やってるんですか貴女?」
信姫が身を乗り出して画面を見ると、そこには和服を着た女性と甲冑の男性のイラスト、そして画面の下半分にテキストが表示されていた。ノベルゲームのようである。
「おや、知らないかい? 『鎌倉御前と十三人』という同人ゲームなんだけれど」
「……凄く、タイトルからして恐ろしいのですが」
「確か去年か一昨年の大河ドラマがそんな風なタイトルじゃなかったかい?」
あまり大河ドラマには興味のない仁吉が聞くと信姫は遠い目をして仁吉を見た。その眼はどこか虚ろである。
そんな信姫など見向きもせずに早紀はゲームをしながら説明を続けた。
「まあ、制作陣がその大河に影響されて一年半がかりで作ったのがこのゲームでね。架空の鎌倉時代みたいな場所で鎌倉御前という武家の棟梁の娘と色々な武将たちの恋模様を楽しむマルチエンディングストーリーさ」
「ああ、乙女ゲームというやつかい? 千里山さんもそういうのやるんだね」
「……本当に楽しめるんですかそれ?」
仁吉は意外そうな顔をしているが、信姫は元になった大河ドラマを知っているので懐疑の目でそのゲームを見ている。
「まあ、今回のルートはハッピーエンドに行けそうだ。政争に敗れすべてを失って妻と二人、左遷先の辺境の小島で農業をしながら暮らす幸せな生活が……」
「……ハッピーエンドとは?」
信姫が呆れたように言うが、早紀は会話の途中で真顔になった。そしてため息をつく。
「いや、バッドエンドだったよこれ。確かこの武将はハッピーエンドがあるはずだが……。どこかでアサシンフラグを潰しそこねたようだ」
「……一番恐ろしいところをリスペクトしてませんかそのゲーム?」
「というか、この武将は、って何だい? まさかハッピーエンドがそもそもないルートもあるのか?」
仁吉の質問に早紀は頷く。
仁吉と早紀は口には出さないが、絶対にこのゲームはやらないと心に決めた。
そして早紀は少し疲れたような顔をしてゲーム機をカウンターに置く。
「流石に七人連続バッドエンドは少ししんどいね。連休中もほとんどずっとやっていたんだが」
「よく投げ出さずにやっいてますね」
信姫は呆れを通り越して感心していた。
まあ面白いからね、と早紀は言う。そして改めて顔を上げて――シャーロック・ホームズのコスプレをした信姫をじっと見て、
「それで信姫。探し物があって来たんだろう? いや、人かい?」
と聞いた。