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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter4“chase the hidden justice”
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cat diviner

 龍煇丸は紀恭と別れて玄関口から出るとそのまま学校の裏山のほうへ向かった。

 龍煇丸の用事というのは、月宮殿落下騒動の現場検証にやってくる検非違使の上官に事の次第を説明することである。

 裏山に墜ちた月宮殿の破片の大半は、崇禅寺や他の検非違使たちが総出で隠蔽した。しかし隠蔽活動が終わると、今度は検非違使は次の仕事がある。

 それは月宮殿に収められていた多種多様な物品の回収だった。

 それらは坂弓市に留まらず日本中に散らばってしまった。物によっては国一つ滅ぼせるような力を秘めた呪物さえある。一刻も早くそれらを回収し、かつ今回の騒動の反省を生かして新たな保管場所を作らなければならない。

 今の検非違使はまさに蜂の巣をつついたような騒ぎであった。現場検証が事件から四日後の今日であるのもそれが理由である。

 そして現場検証を行う上官というのも一人だけという粗末さである。無論、その一人というのはとても優秀な人物であり、信頼があるから一人で任されているという側面もあるのだが、普通はどれだけ優秀な人材であってもこれほどの重要事件の調査を一人二人で行うというのはあり得ないことである。


(ま、猫の手も借りたいってところだよなー検非違使も。しかし、不八徳やら“鬼名”持ちやら、この町もなんかきな臭くなってくるし――)


 裏山のほうに走りながら龍煇丸はつい、口元がほころぶのを堪えきれなかった。

 色々と大変な状況であるのに心が弾んでしまうのは、よくないことなのだろうという自覚は、いちおう龍煇丸にもある。

 しかしそれはそれとして、厄介事と不穏な気配を前にすると、楽しい戦いが出来そうだと期待してしまう気持ちにも嘘はつけなかった。


「ふむ、どうした? いつになく楽しそうだな?」


 そしてグラウンドの端のほう。もう間もなく旧校舎への入り口あたりというところで龍煇丸は知り合いに声をかけられた。


「お、(あや)ちゃん。どしたの、ひなたぼっこ?」


 相手は同学年の春日野道(かすがのみち)綾智(あやとみ)という少女である。白いアオザイを着た、奇異な容姿の(・・・・・・)生徒(・・)なのだが、龍煇丸は慣れてしまったので何とも思っていない。

 綾智は草むらに寝転びながら、野良猫らしき何匹もの猫を頭や体の上にのせている。


「まあそんなところだ。ところで龍煇丸(・・・)よ――またぞろ何か(・・・・・・)野暮用か(・・・・)?」


 寝転びつつ、近くにやってきた黒猫の腹を撫でながら綾智は何の気なしに聞いた。その言葉に龍煇丸は、まあそんな感じ、と軽く返す。

 龍煇丸は学校では戸籍上の姓名である南茨木(みなみいばらき)琉火(るか)で通しており、仁吉、泰伯、蒼天と検非違使の関係者以外に焱月龍煇丸と名乗ったことはない。

 しかし綾智は以前、龍煇丸から聞かずにその名前を言い当ててしまったのである。

 綾智は占いをやるのが趣味であり、龍煇丸は興味本位で自分を占ってくれと頼んだことがある。しかし綾智は姓名を告げた龍煇丸を一目見ただけで、


『その名では無理だ』


 と言うと取り出した漢和辞典をパラパラとめくりだして、“焱月龍煇丸”という名前を紙に書いて見せたのである。

 他にも綾智は、検非違使からの緊急の呼び出しがあって急いで下校していた龍煇丸に、


『野暮用で()くのは良いが、終わりがけの熊には気をつけよ』


 とすれ違いざまに言った。

 坂弓市に熊が出たことなどなく、何を馬鹿なことをと龍煇丸は気にも留めなかった。しかしその日の仕事で向かった先で、数体の怪異を苦戦しつつも倒したところで少し気を抜いたその時に、大きなヒグマのような見た目の怪異に背後から強襲されて傀骸装を強制解除させられたのである。

 その直後に増援が来て事なきを得たのだが、綾智の言った通りになったのである。

 しかも翌日、綾智は何事もなかった顔をしているので龍煇丸はいよいよ綾智に興味を持った。また占ってくれと頼んだが、しかし綾智は、


()観相(かんそう)は難を避けるためのものであり、見えぬものを探すためのものだ。難に突き進む者に活路を拓くための占いは私には出来ない』


 とそれを断った。

 龍煇丸はそれを聞くと、


『じゃあ占いはいいよ。その代わり、仲良くしてくれ』


 と言い、それから今まで二人の交流は続いている。


「ところで綾ちゃん、今の俺は……なんか出てる(・・・・・・)?」


 龍煇丸のために占いはしないと綾智は宣言したが、時おり(かお)に何かが出ていると告げてくることがある。

 そして龍煇丸の、子供のような無邪気な笑顔を軽く見て綾智は言った。


「言わぬが吉の相だな」

「何それ? 言わぬが吉って、確か余計なことだから黙ってようみたいな意味じゃなかったっけ?」


 龍煇丸は責めるように言う。しかし綾智は首を横に振った。


「種別を問わず、他者の天命や機運を垣間見るものは慎重にならねばならない。口にすれば幸運が不幸に転じることもある。大体の場合、占われる者に都合のいい未来ばかりを語るものは詭詐の者と思ってよい。善の卦は何をせずとも本人が自然に手にするものだからな」

「ふむふむ」

「だから善悪吉凶を見る時は、悪凶だけを語る。そうやって、聞いたものはその言を元に凶事を避けるよう立ち回る。これが正しい卦の在り方だ。しかし人は耳あたりの良い言葉を好み、願望を正当化して無意識に真理だと錯覚しようとする」

「はあ……。綾ちゃんの言葉はいつも難しいね」


 龍煇丸はその意図を半分も理解出来ていなかった。

 しかし綾智は猫を撫でながら、


「まあおぬしはそれでいいさ」


 と、のんびりとした声で言った。

 そして、


「そっか。まあ、そんじゃね綾ちゃん。また今度遊ぼーぜ」


 と言って綾智と別れると旧校舎のほうへ向かった。

 基本的に生徒がほとんど寄り付かないはずのそこに、しかし今日は珍しく人がいた。

 それも複数人であり、いかにもガラの悪そうな男子生徒たちが十人ほど群がって一人の――体格が良くて、右目を包帯で隠した黒学ランの男子生徒を囲んでいたのである。

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