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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter4“chase the hidden justice”
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it's elementary_2

 五月七日。

 連休明けで坂弓高校の生徒たちはその多くがどこか寝ぼけたような、今一つ気の引き締まらない様子だった。

 その、いわゆる連休ボケではないのだが、仁吉も体に気だるさがあった。

 もっとも仁吉の場合は、ゴールデンウィークの初日に起きた騒動の疲れが未だに尾を引いているというほうが正しいのだが。

 月宮殿なる天空の宝物庫が坂弓高校の裏山に落ちてきて、泰伯に巻き込まれてなし崩し的に不八徳の一人と戦うことになったので、その疲れがまだ完全に抜けきっていないのである。

 今日一日は授業がいつに増して苦痛だったし、ともすれば睡魔に負けて眠り落ちてしまいそうになるのを必死になって耐えていた。

 休み明けということもあって今日は普段よりも早く、二時半には授業が終わるのだが、そこまでの体感時間がいつになく長かった。

 そしてようやく放課後が来ると、今まで感じたことがないほどに安堵したものである。


「なあおい……大丈夫か、南方(みなみかた)? 阪神でも負けたのか?」


 そう声をかけてきたのはクラスメイトの池田延利(のぶとし)である。


「君はさ、なんで僕の気分が阪神の勝敗に左右されてると思ってるんだよ?」

「いや、阪神ファンってそういうもんじゃねーの?」

「まあ否定はしないが……。別件だよ」

「なんかお前……色々大変だな」


 延利は憐れみの眼差しで仁吉を見た。


「……まあ、そうなんだよ」


 仁吉は敢えて否定しなかった。


「今日一日、ぼーっとしてたもんな。ま、たまにはゆっくり休めよ」

「そうだね。ありがとう延利」


 そう言いながら仁吉はふらふらと教室を出た。

 しかし玄関具までついたところでふと、図書室で借りていた本の貸し出し期限が今日までだったことを思いだした。

 スクールバッグを漁ってもその本はなく、教室に置きっぱなしであるらしい。仕方なく仁吉は教室に戻る。

 そして自分の机からその本を回収して図書室に向かおうと教室を出た時に、仁吉は摩訶不思議な光景を目の当たりにした。

 クラスメイトの女子が廊下にいた。

 それだけならば何もおかしなことはない。

 問題は彼女が、チェック柄の鹿撃ち帽を被り、白い着物の上から灰色のインヴァネスコートを着ていて――四つん這いになって虫眼鏡で廊下の一点を凝視していることだ。

 そしてそのクラスメイトが、不八徳の親玉と自分に名乗った女子生徒、御影(みかげ)信姫(しき)であることが仁吉の脳を狂わせている。


「何してるんだい、御影さん……?」


 思わずそう口にしてしまってから仁吉は激しく後悔した。関わりあいにならないほうがいいと、遅れてやってきた直感が告げたからだ。

 しかしもう遅い。

 信姫は声をかけられて仁吉のほうを見ると満面の笑みを仁吉に向けた。


「ふふふ、初歩的なことですよワトソン君?」


 何故かとても得意げである。状況があまりにも不可解すぎて仁吉は暫し思考が停止していた。そして暫くしてから、


「……生憎と僕はレストレイド警部のほうが好きでね」


 と、小さく言った。

 その反応に信姫は嬉しそうな顔をした。


「ふむ、さては南方くんは“わかる人”ですね?」

「……ホームズ・シリーズが、という意味でいいんだよね?」

「他に何かありますか?」


 何を分かりきったことを聞き返してくるんだ、というような呆れた眼差しが仁吉を見つめる。その顔には無邪気さしかなく、今まで仁吉の質問をのらりくらりと躱して手玉に取ってきた底知れなさは欠片も見えない。

 仁吉に今の信姫は、とても阿呆に映っている。


「ちなみに南方くんはどの話が好きですか?」

「……ボヘミアの醜聞かな?」


 聞かれたのでとりあえず答える。しかしそもそも、信姫はまだ仁吉の質問に答えていない。


「えーと、それで……御影さんは、なんでそんな格好をしているんだい?」

「ふふふ、いいでしょう? 頼音(よりね)先生にお借りしました」

「その衣装どうしたの、って聞いたわけじゃないんだけれどね……」

「しかし似合っているでしょう? ああ、原典のホームズはこんな格好をしていないというのは野暮というものですよ?」


 信姫が会話をはぐらかすのはいつものことであるが、今日はどちらかというと話が通じないというほうが正しい気がする。


「で、何のためにそんなトンチキな格好をしているんだい?」


 仁吉ははっきりと聞いた。

 信姫は声を弾ませて答える。


「ふふふ、よくぞ聞いてくれましたね」

「さっきからずっと聞いてるよ」

「そうでしたかね?」

「ホームズっぽく無駄にもったいぶりたいのかもしれないけれど、今の君はすごく馬鹿っぽいからやめたほうがいいよ」


 仁吉の言葉は直裁で遠慮がない。そしてはっきりとそう言われて信姫は少し落ち込んだ顔をした。


「……もういいです。南方くんには教えてあげません」


 信姫は拗ねたようにそっぽを向く。

 仁吉は、そうかい、と言ってそのまま素通りして図書室に向かおうとした。すると信姫が追いかけてきて仁吉の服の裾を掴む。


「すいません冗談ですよ。聞いてください!!」

「どっちだよ面倒くさいな!! 聞けばいいんだろ何してたんだい!?」


 仁吉は声を荒げつつ足を止めた。

 信姫は顔に明るさを取り戻し、仁吉の目を見つめる。


「この学校で噂になっている、船乗りシンドバッドを探しているんです。一緒にどうですか?」

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