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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter3“*oon *as**e *a*ling”
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合晋楚之成

 仁吉たち四人がカラオケボックスを出た時、あたりはもう完全に日が落ちている。しかし連休中の夜十時ということもあって、繁華街はネオンが星のようにそこかしこで光り、喧騒で満ちていた。

 楽しい時間だったという顔の泰伯と満ち足りた顔の蒼天と対照的に、仁吉と龍煇丸の顔は疲労の色が浮かんでいる。

 結局、二人の奮闘むなしく蒼天は二時間の間に七曲も歌っている。二人の耳は限界だった。


「今日は楽しかったの!! また行こうぞ!!」


 蒼天の言葉に仁吉は、


「……まあ、機会があればね」


 と無難な言葉を返し、龍煇丸は、


「……世界が滅びる前の日くらいにならいいぜ」


 と、婉曲に断りを入れた。

 蒼天はその言葉を軽く流し、


「では今日はこのあたりでお開きじゃの。リュウキマルにミナミカタよ、気を付けて帰るのじゃぞ!!」


 と言って二人と別れた。

 そして泰伯と二人になると泰伯は蒼天に、


「ところで三国さんの家はどのあたりなんだい? よければ送っていくよ」


 と言った。


「む、ヤスタケどのは見た目どおりに紳士じゃの。しかしまあ余のことは気にせずともよい。よいが……少し話があるゆえ、よいかの?」

「ああ、かまわないよ。何だい?」

「――船乗りシンドバッドのことじゃ」


 それは先ほどまでの、陽気にマイクを握って大音声で歌っていたときの蒼天とは別人のように真剣な顔である。


「ヤスタケどのは、あやつとは親しい間柄なのか?」

「いいや。話すのは、今日で二度目だね。だけど僕は、彼のことは信用できると思っている。彼はいわゆる、正義の味方というものだよ」

「まあ、揺るがぬ信念を持っている者という意味では間違いではあるまい。問題はそれがどういった視座(・・・・・・・)の正義なのか(・・・・・・)ということじゃ」


 泰伯にはそう語る蒼天が、先ほどまでの遊んでいた時の様子でもなく、そして前に悌誉のことを案じていた彼女ともまた違うように思えた。それは、悌誉と敵として対峙しながら冷淡に悌誉の決断を見極めようとしていた――桧楯に諫められる前の蒼天と一番近いと感じた。

 そして――きっとこれは、楚という大国の王としての顔、というのが一番近いのだろうとも思う。

 楚の荘王は乱世の君主であり、同時に北に晋という強敵の存在があり、しかも南方の中小国家同盟の盟主でもあった。英邁であり軍事に功績があった荘王は、その治世において多分に酷薄なことも行っている。


「船乗りシンドバッドの奴は、間違いなく強いぞ。今日いた余ら四人が束になっても敵わぬであろうの。そして、強者の掲げる正義とは排他的になる。従う者を庇護し、庇護した者を守るために、意に沿わぬものを斃すというあり方じゃ」

「それは君が――楚の荘王がそうであったように、かい?」


 泰伯は少し声を落として聞いてみた。

 前世は前世。蒼天は蒼天として見ている泰伯は、荘王としての話を聞いていいのか分からなかったのでこれまで話題に出すことはなかった。もし聞くことで気分を害したならばやめようかと思って口にしたのだが、蒼天は怒ることなく、静かに頷く。


「正義とは弱き者の塗炭の苦しみの中からしか生まれない。しかも、弱き者がその正義を為すために力を手にすると、いつの間にか数多のしがらみが絡みついていて、独善的で排他的な正義へと変質してしまうものじゃ」

「なるほど。そう聞くと、正義という言葉はとても(むな)しいね」

「正義などというものは所詮、空想にすぎぬからの」


 鼻で笑うようにそう口にしてから、蒼天は遠い目をした。


「しかし、空想に過ぎぬような産物を信じ、弱き者のままに独善の間を奔走し、ついに正義を為した男もおる」

「ああ、それはもしかして――(そう)華元(かげん)のことかい?」


 蒼天は一瞬、怨敵に向けるような厳しい眼差しで泰伯を睨むと、大きく息を吐いた。


「……まったくヤスタケどのは、本当によくそんなことを知っておるの」


 蒼天のそれは八つ当たりなのだが、泰伯は頬を軽くかきながら、ごめんねと言って笑った。

 華元とは宋という小国の宰相であり、楚の荘王の死後に晋楚という大国の和平を実現させた人物である。さらに言えば、荘王は晩年、宋の首都である商丘(しょうきゅう)を攻めた。実に二百日を超える包囲戦を展開し、荘王は華元の守る商丘を攻め落とせなかったのである。

 言わば荘王にとって華元は、取るに足らぬ小国の宰相でありながら、生前に勝つことが出来ず、自らの死後に自分の覇業を超える偉業を為した男なのである。自分からその存在を仄めかしはしたものの、あっさりとその名を出されると胸の中に複雑な思いがあった。


「まあ――気をつけよ、ということじゃ。少なくとも、盲信してはならぬぞ、との」

「忠告ありがとう。だけど、これは僕が自分で決めることだよ。だからその言葉と、三国さんの誠意だけもらっておくことにしよう」


 泰伯の言葉は丁寧だが、その底にあるのは、蒼天の忠告に耳を貸す気はないという意思表示でもある。

 蒼天はそうか、と言って、それ以上の言葉をかけることはしなかった。

 そうしている間に蒼天の住むアパート、涼虫荘に着いた。蒼天は軽く泰伯に送ってくれたことへの礼を言うとそのまま部屋へと向かっていった。

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