killing song
蒼天の歌は、端的に言ってとても下手くそだった。
龍煇丸を超える声量で、しかも音程がまったくあっておらず聴いていて不快感しかない。それでいて蒼天は自信満々に、陶酔すら覚えて歌っており、曲が進むごとにその凶悪さは増していく。
「くそ、なんだよこれ音響兵器か!?」
「ここまで下手に歌うの逆に難しいぜ!?」
仁吉と龍煇丸は耳を押さえながら話していた。二人ともそれなりに声を張っているのだが、蒼天の歌声はそれを凌駕している。二人が近づいて声を張り上げて、それでなんとか会話が成立するという有様だ。
しかも龍煇丸は真剣で、そして鬼気迫る顔をしていた。そのことが余計に仁吉に危機感を与えている。
「だいたいなんでお前、そんな辛そうな顔してるんだよ? スリルとか命の危機とか、そういうのが好きなんじゃないのか!?」
「俺はバトルの中でそーいうのを感じるのが好きなんであって、こんなくだらない死に方したいわけじゃ……」
話しながら龍煇丸はふらりとソファに倒れ込む。仁吉もまた頭がガンガンとしてきて、やがてうつ伏せになってソファに沈んだ。
そしてようやく蒼天が歌い終わった。地獄のような時間が終わると、そこには浜辺に打ち上げられたように意気をなくした仁吉と龍煇丸――そして、涼しげな顔をしながら蒼天に拍手まで送っている泰伯がいた。
「三国さん、歌上手だね」
「うむ!! そうであろう、そうであろう!!」
泰伯に褒められて蒼天は有頂天である。直後、倒れている二人を見てもそれが自分の音痴のせいだなどとは夢にも思わず、
「む、なんじゃ二人とも。余の歌声に感激するあまり意識まで失ってしまったか」
などと笑いながら言ってのけた。
「んなわけあるか!! シンプルに耳から頭にスタンガン突っ込まれる拷問受けたような気分だったんだよ!!」
龍煇丸が堪らず怒鳴る。しかしその罵倒さえ蒼天は、
「ふむ、つまり痺れるような歌だったと言うことじゃの!?」
と肯定的に捉えた。
やがて仁吉も何とか回復した。仁吉は体を起こすと蒼天ではなく泰伯のほうを睨み、叫ぶ。
「お前もお前で大概にしとけよ茨木!! 舌が馬鹿なら耳まで馬鹿か!?」
この上なく面罵して、しかし泰伯は不思議そうな顔をしている。泰伯は、自分で歌う分にはそれなりで人並外れているわけではないのに何故ここまで下手な歌を聴いて不快に感じないのか、それが不思議だった。
あるいは年下に対しての気遣いの心が、この悪声を真っ向から非難するのをためらっているのかとも思ったが別にそういう風でもない。
「そうですかね? まあ僕も、別に歌の良し悪しに詳しいわけではないですが……。でも、僕は三国さんの歌は好きですよ」
泰伯は基本的に嘘というものが嫌いだ。それは自分が吐くのも、他人に吐かれるのも同様である。言いにくいことがあって言葉を濁したり言い淀むことはあっても、真顔で嘘を吐くようなことはしない。
仁吉はそのことを知っており、しかも自分の本心を口にしてそこに嘘がないと誰が見ても分かる誠実さが嫌いである。だが今は、虚言なしにこう言っていると分かるのが恐ろしかった。
そして泰伯は、嘘そのものは嫌うくせに、他人の心の機微に疎い。そんな風に思われているなど思いもせずに微笑を浮かべている。
「なんと言いますか……妹の歌声と似てるんですよね。まあ個人的な感性とか身内びいきと言われればそれまでなんですが」
「「え?」」
仁吉と龍煇丸は異口同音に驚の声をあげた。
そして蒼天は、感動の眼差しを泰伯に向けてその手を取った。
「うむ、流石はヤスタケどの!! 玲阿の兄君だけのことはあるの!! 余と玲阿は昔から音楽の趣味がとても合っての、仲良くなったのもそれがきっかけなのじゃ!! 余の馬鹿母が蒸発する前はなけなしの小遣いを握りしめてよく玲阿とカラオケに行きデュエットに興じたものじゃ!!」
母親が蒸発したとさらりと口にしたが、そんなことがどうでもよくなるくらいに泰伯と蒼天の会話の内容は恐ろしい。
つまりあの、冥府の地鳴りか終末の喇叭かと聞き紛うほどの悪声の持ち主がこの世に、それも坂弓高校にもう一人いるということだ。
「……南ちゃん先輩、茨木の妹ちゃん見たことある?」
「……一回、何かの時にな」
「素直で明るくて可愛い子だけどさ……もう俺、次会ったらそんな風に見れないと思うんだ」
「……奇遇だな。僕もだよ」
龍煇丸と仁吉は声を落としてひそひそとそんな話をしていた。
そして二人の会話など聞いていない蒼天は意気込んでいる。
「しかし久々に来たが、やはりカラオケは良いのう。あとたっぷり二時間は歌えることじゃし、今日は喉が枯れるまで歌い尽くすとしよう!!」
その言葉に仁吉と龍煇丸は真剣に命の危機を覚えた。二人は顔を見合わせる。
そして、
「……とりあえず、たこ焼きロシアンルーレットで時間を稼ぐか」
「……俺、なるったけイントロ長かったり尺稼げる曲を選ぶよ」
少しでも蒼天がマイクを握っている時間を少なくするための策を巡らせるための共同戦線を張ることにした。