BLACK StorM In THe blank_5
フェイロンにとって、それは一瞬の出来事だった。
謎の黒い幻影が自分の攻撃を受け止めたかと思うと、泰伯の持っていた木刀から黒い息吹とも言うべき旋風が噴き出して泰伯の全身を包んでいった。その風は泰伯の傷を癒し、そして、木刀を剣へと変質させた。
「待たせたね、フェイロン」
『……なんだ、てめぇ!! なんだ、その剣は!?』
「そう言えば名乗っていなかったね。僕の名前は茨木泰伯だ、よろしく。この剣は……なんだろうね?」
泰伯の手にした剣は刀身が黒く、漆塗りのように輝く諸刃の直剣だった。
『ふざけた野郎だ』
叫び、フェイロンが鉤爪を振るう。先ほどまでは目で追うことすら困難だったその動きに、今の泰伯は追い付いていた。
そして、剣でフェイロンの鉤爪を受け止める。速さ、力ともに今の泰伯はフェイロンと拮抗していた。
『身体能力の急激な上昇、そしてこの剣……。何者だ、貴様!?』
「さっきも言っただろう? 茨木泰伯。坂弓高校二年生。剣道部所属で、生徒会副会長だ。こんなところで大丈夫かい?」
『そういう……話を……してんじゃねえよッ!!』
首筋、心臓、鳩尾、股間。
フェイロンは四肢の鉤爪を駆使して的確に泰伯の急所を狙う。しかし泰伯の剣捌きはそれらすべてを弾き、受け流していた。
そして泰伯は、余裕の相好を崩していない。
「さて、僕のことはもういいだろう? 次は――君のことを聞かせてもらおうか、フェイロン!!」
『調子に、のるなよッ!!』
次は泰伯が攻勢に転じる。その振るう剣を、フェイロンは鉤爪で防いだ。
この一挙で泰伯は確信した。先ほど、木刀の一撃をフェイロンは躱そうとすらしなかった。しかし今は、明確に防御行動を取ったのである。つまりこの剣を当てさえすれば、それはフェイロンにとってダメージを与えることが出来るのだと。
(とはいえ、あまり余裕はないな)
あくまで、これで互角に近付いた、というだけの話である。冷静なように振る舞いながら、泰伯は自分が未だ死の断崖に立っていることを自覚していた。
事実、泰伯の攻撃は未だ一度もフェイロンに届いていない。いかに当たれば有効な武器を手にしているといっても、それが当たらないのでは意味がないのだ。
何か決め手が欲しい。
そう考えたとき、泰伯の脳裏に先ほど言われた言葉が過った。
『魂を冶し流せ』
何故それが出てきたのかはわからない。だが、不可解な内容だらけの会話の中で、不思議とその部分が強く印象に残っている。
問題は、あまりにも直感に頼る部分が多いため、いきなり、それもフェイロンと激しく打ち合いながら出来るのかどうかということだ。
(どうにかして隙を作りたいけど……)
それも厳しい。時間にして僅か数分程度だが、その打ち合いの中でフェイロンは疲れを見せるどころか、むしろ攻撃の冴えが増してきている。
対して泰伯は、体力的な問題こそまだないが、精神的な疲労が蓄積していた。
『やるな、茨木泰伯!! なら、こっちも出し惜しみはしねえ。身の程知らずの孺子としてじゃなく――敵として、殺してやる!!』
「ッ!!」
フェイロンが大きく後ろに飛び退いた。そして右腕と左腕を十字に交差させる。
しかしそれは泰伯の攻撃を脅威と感じたからではない。
(……殺意が増大してる。何か、ヤバそうだな)
フェイロンの行動の真意は読めない。
ただ、これから何かをするつもりで、それをさせてはならないと本能が叫んでいる。
泰伯は叫び、剣を振り上げてフェイロンに飛び込んでいく。
『決壊せ――』
今までの威勢が嘘のような、落ち着いた声だった。これから何が起こるかわからない。その先をさせてはならない。しかし泰伯の剣が届くよりも先に、それは発動してしまう。
それでも、諦めるという選択肢はなく、全身全霊に力を込めて前に進む泰伯は、その時、視界にあるものを見た。
それは青い蝶だった。