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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter3“*oon *as**e *a*ling”
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don't call me the hero_2

 英雄と。

 そう呼ばれることが羿には何よりも耐え難かった。

 羿は別に、なりたくて(・・・・・)そんなものに(・・・・・・)なったわけでは(・・・・・・・)ないのだ(・・・・)

 十の太陽が童心から空に集い地上を灼熱の地獄と変えたとき、羿がその対処にあたったのは偶然にすぎない。

 神として研鑽を積んできた。その中で弓術の才が特に高く、また弓が好きだったので熱中し、仙界では並ぶ者のない腕前となった。

 しかしそれはあくまで技量の話であり、羿は英雄としての素質(・・・・・・・・)など微塵も(・・・・・)持ち合わせて(・・・・・・)いなかった(・・・・・)のである(・・・・)

 天帝の命を果たしたがために地に落とされた。それでも民は羿に感謝したが、それで満たされることはなかった。むしろ怒りのほうが勝っていた。こんな奴らのために、自分は天の不興を買ってしまったかと思うと憎くて堪らなかった。

 各地を巡り怪物を倒して回ったのは、どうも天帝の覚えを悪くしたらしいと察したので、ご機嫌とりのために行なったに過ぎない。

 どうやら天帝というのは民を大事にするもので、ならば民のために貢献すれば許されるのではないかという打算でしかなかった。

 しかし結果は、神籍からの除名と不老不死の剥奪である。

 この時に羿は知った。

 つまり天帝というものは、表向きは民を慈しみその幸福を願っているが、実は民などどうでもいいのだと。そんなものよりも自らの怒りのほうがよっぽど重要なのだと。

 羿を密かに神籍から除き、しかしその功績だけは喧伝して英雄に祭りあげる天帝のやり方を見て羿はすべてが憎く思えた。

 羿は、英雄などというものにはなりたくなかったのである。

 ただ仙界で来る日も来る日も、弓術の研鑽が出来ればそれでよかった。傍らに愛する妻がいてくれればそれでよかったのだ。

 あらゆるものを憎むうち、いつしかその妻――嫦娥(じょうが)さえ憎くなった。

 先に羿が嫦娥を嫌ったのか、嫦娥が羿を疎んじたのかは最早覚えていない。しかし確実にその関係は悪化した。

 そんな時、崑崙山(こんろんざん)西王母(せいおうぼ)という仙女が不老不死の霊薬を持っていると聞いて羿は彼女を訪ねた。

 その霊薬は、一粒飲めば不老不死となり、二粒飲めば仙人になれるという効能を持つ。しかし西王母はその霊薬を二粒しか持っていなかった。

 羿は悩んだ。

 一粒ずつ分け合うか、自分で二粒飲んでしまうか。嫦娥に二粒とも与えようとは思いもしなかった。

 悩んだ末に羿は、二人で一粒ずつ飲もうと嫦娥に言った。嫦娥もそれでよいと微笑んだ。

 嫦娥にそう言ったのは羿の未練であったし、その提案を嫦娥が善しとしてくれたことで、もしかするとまた昔のように戻れるかもしれないという希望が見えた。

 しかし嫦娥は、羿の目を盗んで一人で霊薬を二粒とも飲んでしまったのである。

 しかもその瞬間、嫦娥は醜いヒキガエルに変化した。

 羿はヒキガエルと成り果てた嫦娥を見て怒りがこみ上げてきた。嫦娥に対してもだが、それ以上に西王母に、そして仙界そのものへの怒りと猜疑が果てしなく沸き起こったのである。

 この霊薬は最初から飲んだものをヒキガエルにする毒薬だったのか、それとも伴侶を裏切り二粒とも独占したことの報いなのかは分からない。

 しかし一つ確実なのは、西王母には羿にも嫦娥にも神籍を復活させてやろうというつもりなどなかったということだ。

 霊薬を受け取った時には品のある賢女に見えたその顔が、今は狡猾で性根の腐った毒婦としか思えなかった。

 そして西王母がそんなことをしたのであれば、そこに仙人の息もかかっているかもしれない。この世のすべてが怒りの対象に思えた。

 ならば――すべて、壊すしかない。

 かつて成せなかった(・・・・・・・・・)それを(・・・)今度こそ(・・・・)

 それを成すためには神力の矢は欠かせない。残るは二矢(・・)だ。

 しかし今、羿は蒼天に向かってそれを放とうとしている。そこには後先の考えなど何もない。純粋な怒りの発露だ。


「俺を……英雄などと呼ぶなッ!!」


 そして、矢は蒼天目掛けて放たれた。

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