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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter3“*oon *as**e *a*ling”
233/387

奔月

 仁吉が九嬰を倒したのと同じ頃。

 蒼天たち四人は、いよいよ矢を射てきている敵との距離が近づいてきているのを察していた。

 そして、いつからかチャリオットを狙って来る矢はピタリと止んだ。もう間もなく敵が――羿がその姿を現す。蒼天にはそんな予感があった。

 そして、やがて遠目にポツリと人影が見えた。

 はっきりと顔は見えぬが、頭部に青いものが見える。悌誉に聞いていた、青い髪の女という情報と一致はする。


「おう、聞こえるか!! 仙人崩れのエセ英雄よ!!」


 蒼天は腹に空気を溜め込めるだけ溜め込めてから、雷鳴もかくやという大音声で叫んだ。まだ彼我の距離は百メートルは優にあるが、遮るもののないこの空間ならばその声は確実に羿に届いているだろう。


「本来であれば、余の友に害を為した時点でおぬしは八つ裂きじゃ!! じゃが、今大人しくその妄執を手放して忠江を返すのであれば、格別の恩情を以て責めなく赦すと誓ってやろう!!」


 そう叫びながら蒼天は、羿と五十メートルほど開きのあるところでチャリオットを止める。船乗りシンドバッドも同じように、その横でチャリオットを止めた。

 羿が弓に矢を番えた。泰伯は剣に手をかけるが蒼天は右手でそれを制する。羿の手から矢が放たれ、蒼天目掛けて飛来する。蒼天は微動だにしない。

 そして矢は――蒼天の耳の横を紙一重で避けてチャリオットに突き刺さる。その矢には神社のおみくじのように、細長く折りたたまれた白い紙が括りつけられていた。


『傲岸だな。お前の赦しなどいらぬよ』


 矢に括られていたのは通信札である。そこから羿の声が聞こえてきた。

 それは氷柱のように、鋭く冷たい声だった。

 対して蒼天は、感情を包み隠さず、燃え上がる炎のような怒りを乗せて叫ぶ。 


「いいや、余は忠江の友として言うのじゃ。友人が、三下半を叩きつけた(・・・・・・・・・)ダンナに(・・・・)付きまとわれて(・・・・・・・)おれば(・・・)、許せぬのが人情であろうよ!!」


 再び羿が矢を番えたかと思うと、それは瞬く間に放たれていた。今度は確実に蒼天の喉元を狙っている。

 泰伯は左手で蒼天の体を引っ張ると、右手に持った無斬でそれを斬り落とした。蒼天はまたしても微動だにしていない。

 泰伯は無謀な挑発を責めるように三国さん、と叫ぶが蒼天は意にも介していない。そして蒼天は、先ほどとは打って変わって声を落とす。


「なるほどの。やはり……忠江は嫦娥(じょうが)の生まれ変わりなのじゃな!?」


 嫦娥とは神話において羿の妻とされる仙女である。羿が地上に降りる際にその妻である嫦娥も共に地上に降りている。

 そして羿が天帝の恨みを受けて仙人の座を奪われた時、嫦娥もまた仙人でなくなってしまったのだ。

 嫦娥はそれが嫌だった。どうにかして仙人に戻りたいと願った嫦娥のために、羿は西王母(せいおうぼ)という仙人の所へ向かい霊薬を貰ってきた。一粒飲めば不老不死に、二粒飲めば仙人になれるという霊薬である。

 しかし西王母はその霊薬を二粒しか持っていなかった。羿は、ならば二人で分け合って共に生きようと嫦娥に言ったのだが――嫦娥は、霊薬を二粒持って逃げ、そのまま飲んでしまったのである。

 しかして二粒の霊薬を飲んだ嫦娥は、仙人には戻れず蛙に姿を変えられてしまった。そのまま月に逃げたと言われている。

 船乗りシンドバッドからこの神話を聞き、前に忠江が前世騒動の時に大蛙になったことから蒼天は忠江の前世を確信した。


「おぬしが女のナリをしておるのも転生とはそういうものと思っておったが、お主の場合は違うのであろう。それは、おぬしの妻の(・・・・・・)容姿であろう(・・・・・・)!?」


 もはや声を張り上げる必要はないのだが、敢えて蒼天は大声で言った。

 返事はない。

 その代わりに、羿とチャリオットの間の地面がせり上がってくる。

 三つの、大きな影が現れた。

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