irregular four plus one_5
九つの蛇の頭を持つ巨大な怪物がチャリオットの前に立ち塞がっている。しかもそれは、口から炎と水を勢い良く吐き出してきた。
「左右に広がって躱す!! 一人残して後背を突かれるのを防げ!!」
蒼天が指示し、自身も手綱を操ってチャリオットの進路を強引に変える。チャリオットが大きく揺れた。
『誰を残す!?』
船乗りシンドバッドも手綱を操りながら蒼天に聞いた。
聞かれて蒼天は思考を巡らせる。
チャリオットを運転している蒼天と船乗りシンドバッドは論外だ。そして泰伯は、一度共闘していてある程度その戦い方が分かっているのでなるべく同行させたい。
残る選択肢は仁吉と龍煇丸だ。
蒼天はどちらの戦い方も知らないが、武器を見れば近接戦闘が専門ということは分かる。一応、少し離れたところを狙う技を持っているというのも共通だ。
「ミナミカタ、じゃったか!? 残って止めよ!!」
呼ばれて仁吉はすぐにチャリオットから飛び降りる。
「了解……。ええと、三国さん、だったかな? まあ、程々に頼りにしてくれ」
そう言うと仁吉は真っ直ぐに九頭の蛇の怪物に向かっていく。
そして蒼天と船乗りシンドバッドはそれぞれ別れて先に進んだ。
蒼天が仁吉を残したことに深い意味はない。
またこの先、何があるか分からない。そうしてもう一台のチャリオットと寸断された時、御者しか乗っていないチャリオットは危険だ。かといって後のことを考えると今の蒼天に兵士を追加で呼ぶ余裕はない。
だから、三人乗っているほうから一人減らす。それだけのことである。
蒼天は細かいことは気にせずにチャリオットを走らせた。とにかく今は一刻も早く九頭の蛇の怪物から離れることが優先される。
そうして、あれほど大きく見えた怪物の姿はどんどん小さくなり、仁吉の姿はもう見えなくなっていた。
「ところでシンドバッドよ、昨日は羿のやつ、猪のバケモノを召喚したと悌誉姉に聞いた。そして今のあれじゃ。――他にもネタがあると思うかの?」
蒼天がちらりと横を見て聞く。ひとまず脅威から遠のいたので船乗りシンドバッドと龍煇丸の乗るチャリオットは進路を戻し、また蒼天たちと並走していた。
『あるだろうさ。その猪は封豨、今の九頭の蛇は九嬰。共に民を苦しめ、羿に狩られた怪物だ。そういう怪物対峙の逸話が羿にはあと四つある!!』
「へぇ、じゃあちょうどいいじゃんか。俺たちも今は四人だ。一人一殺か?」
龍煇丸は声を弾ませて笑う。敵が巨大な怪物で、しかも神話に出てくる英雄に狩られた存在とあって龍煇丸の胸は遠足を心待ちにする子供のように踊っていた。
「あ、でもアオゾラは魔力がキツいんだっけ? 俺がもらってやろうか?」
そして、むしろくれとねだるように蒼天に言う。
「そうしてもらえると助かるの!!」
「よし、決まりだ。茨木くんもそれでいいね?」
「なんで僕に聞くのさ?」
急に振られて泰伯は首を傾げた。
「いやほら、もし茨木くんも二体欲しいってなら平等にジャンケンでもして決めようかなって」
「僕は別にどちらでもいいんだけど……。しかし南茨木さん、学校と全然違うね?」
泰伯はむしろそちらに困惑していた。
武器を振り回し、獰猛に笑い、強敵との戦いを前にして喜色を顕にする。どれも茨木の知る龍煇丸――南茨木瑠火とは別人のように思えた。
「あれも俺、これも俺だよ。むしろギャップ萌えとかあったりしない? ほら、清楚なお嬢様が実はロックやヘヴィメタが好きだったりみたいなの、男の子は好きなんじゃないの?」
「……ごめん、僕はそういうのよく分からないかな」
「なるほど。茨木くんは女の子に夢を見るタイプと見た」
龍煇丸はからかうように笑い、やはり泰伯は困った顔をした。
その会話を流しながら蒼天は前を見つつ船乗りシンドバッドに言う。
「ところで、おいシンドバッドよ!!」
『――なんだ?』
「羿の神話について、知っているだけ教えよ。まだ何かあるのであろう?」
先ほど、会話が矢で遮られたが、まだ何か船乗りシンドバッドは知っていることがあるのではないかと蒼天は疑っている。
船乗りシンドバッドのほうも特に隠すつもりはないらしく、知っていることを蒼天に話した。