irregular four plus one_4
突如として飛来した矢は、船乗りシンドバッドの防御が間に合わなければ確実に泰伯の首を貫いていたことだろう。
一瞬で五人に緊張感が走った。
『く、思ったよりも早いな』
「どうするんだいシンドバッド!?」
泰伯が叫ぶ。
船乗りシンドバッドは蒼天に、
『戦車は何乗出せる!?』
と聞いた。答えるより先に蒼天は二台のチャリオットを呼び出す。兵士はいない。
すぐに五人は分かれてそれに跳び乗った。
組み合わせは蒼天、仁吉、泰伯と龍煇丸、船乗りシンドバッドである。
船乗りシンドバッドは戦車に乗るより前に指を弾いた。そこから紫色の蝶が四羽生み出され、他の四人の辺りに飛んでいく。
そうして全員が乗り込んだのを見るとチャリオットは走り出した。手綱を握るのは蒼天と船乗りシンドバッドである。
距離を置いて並走しながら船乗りシンドバッドは叫ぶ。その声は耳元の蝶を通じて聞こえてきた。
『前提をもう一つ話しておく。ここは月宮殿が異界化したものだ。広さを常識で考えるな!!』
「うむ、よく分からぬが分かった!! それでどうするのじゃ、あやつとは一度戦ったが、その射撃の腕は走る戦車の馬を射抜くぞ!!」
『わかっている。だから――泰伯、焱月、南方!! お前たちで撃ち落とせ!!』
名前を呼ばれて龍煇丸は楽しそうにしていた。
しかし仁吉は深刻な顔をしている。
「簡単に言うなよ、ええと……このブギーポップもどき!!」
『船乗りシンドバッドだ』
「シンドバッドか!! 飛んでくる矢を見て狙って迎撃なんて至難の業だぞ!!」
「そこは僕も先輩に同意だね。矢を剣で切り落とすなんてファンタジーか軍記物の中だけの話だぞ!!」
仁吉と泰伯は知り合いに弓道部がおり、何度か練習を見学させてもらったことがある。だからこそ、矢を目で見て防ぐなどというのがいかに非現実的かをよく知っていた。
今は傀骸装で反射神経が強化されているとはいえ、それは相手も同じであり、しかもこちらを狙っているのは神話の弓兵である。
その懸念を払うように船乗りシンドバッドは叫んだ。
『だから――俺が補助してやる。荘家防式“解牛”』
その声が耳元の蝶ごしに聞こえた瞬間、仁吉、泰伯、龍煇丸は目の前に一筋の光が見えた。その光は真っすぐに自分たちの首筋やチャリオットを曳く馬に続いており――それが、もう間もなく届く矢の軌道なのだと悟った。
仁吉は右手の鈎爪――骨喰に風を集め、その軌道上に向けて放つ。直後、放った風の刃――“スパークス・ウィル・フライ”が飛んでくる矢を弾いていた。
泰伯は黒い直剣――無斬を振り、その先に生み出した魔力の刃による遠隔斬撃――“南風黒旋”で矢を切り落とす。
そしてやはり龍煇丸も、手にしたトンファーから火の玉を放ちチャリオットを狙う矢を撃ち落していた。
「ははっ、こりゃいいや!! しかしなんとも歯ごたえがねえな!! これが太陽を射落とした射撃かよ!?」
龍煇丸は笑いながら不満を口にした。
船乗りシンドバッドは嗜めるように言う。
『これらはただの矢だ。夷羿が太陽を撃ち落したという矢は九本しかなく、一度の生でその効力を持つ矢もまた九本しかない。そして――月宮殿を墜とすために七矢を使っている。残りは二矢だ、慎重にもなろうさ!!』
「なるほどね、月宮殿ならともかく、ただの人間に撃つのは惜しむってわけか!!」
龍煇丸は得意げになって矢を撃ち落し続けている。
仁吉も同じように矢を防いでいたが龍煇丸のような余裕はない。
「けれどそれって、この攻撃の中に敵は、その太陽さえ射抜く力を持った矢を紛れ込ませられるってことだろう?」
泰伯が聞く。仁吉と龍煇丸を侮っているわけではないが、そんなものに対処するのは流石に厳しいと思った。
『太陽さえ射抜く矢、ではない。天体に有効な矢だ』
「何が違うんだよ!?」
仁吉は叫ぶ。
こうしている今も文字通り矢継ぎ早に攻撃され続けているので、船乗りシンドバッドの迂遠な――仁吉のような素人に優しくない説明には苛立ち始めていた。
『逸話はそのまま力になるということだ。羿の場合、太陽を墜としたという経歴がある以上、その矢は天体を落とす力があると見なされる。しかしその矢が天体以外に対して強いかというとそういうわけでもない』
「……なるほどね」
『とはいえ、強力であることに違いはないぞ』
「どっちだよこの野郎、ややこしい言い方しやがって!!」
仁吉は気が気で無くなってきた。
その、天体に有効な矢とやらと普通の矢の違いなど仁吉には当然分からない。それがいつ来るかと思うと、今は他愛なく弾いている矢が急にとても恐ろしく映ったのである。
「へー、ところでその、強いってどんくらい? 為朝みたいに船とかぶち抜くような感じ?」
そして龍煇丸は変わらずである。
『――そうだな。戦艦一つくらいならば一矢で沈めてしまうだろうさ』
「もう弾道ミサイルか何かだろそれ!?」
『流石にそれを防げとは言わん。それが来たら――俺が止めてやる』
船乗りシンドバッドは力強く言い切った。
その一言をもう少しすんなりと言って欲しいと仁吉は心底思ったが、言うとまた余計な情報が追加されそうなので胸中に留めておいた。
そしてさらに進みながら、急にその前方に何かが現れた。
蛇のような頭をしており、それが九つある。
そしてとにかく大きい。高さだけで十メートルは優に越えている。
二台のチャリオットの進路上に待ち受けるそれの、二つの頭がゆっくりと口を開いた。
そこから炎と水が吐き出され、チャリオットを襲った。