irregular four plus one_3
そのころシンドバッドは、悌誉が調べた内容とほとんど同じことを泰伯たちに説明していた。
つまり、羿とは元は夷の神話の登場人物であったこと。その信奉者が夏王朝を侵略し、一時的にとは言え崩壊に追いやったということを。
「……じゃあ、何かい? 今回の敵である“羿”というのは、夏王朝を倒したという“羿”だということかい?」
『いいや、違う。あれは――中国神話の“羿”であり、今は“夷羿”と呼ばれる存在だ』
「ごめん、もう少しわかりやすく説明してくれると助かるな」
泰伯はシンドバッドにそう頼んだ。
その横では仁吉が真剣な顔をして悩んでいる。龍輝丸はもはや説明に飽きていた。
そして蒼天は、何かに気づいたような顔をして、真剣な目でシンドバッドを見た。
「要するにこれは、鶏が先か卵が先か、というような話であろう?」
『ああ、そうだ』
「ええと、どういうことかな三国さん?」
泰伯は蒼天にそう聞いた。
知識はそれなりにあっても鈍いのだな、と少しだけ蒼天は思う。忠江のことが気がかりで、状況がまだ不透明なことへの焦りがあるため、蒼天は気が立っていた。
「要するにじゃ、今こやつが言ったのは神話学やら歴史研究といった、後々の人間が勝手に紐づけた机上の話でしかないのじゃ。そしてそういった細部の追究を省いた結果残るのは、『仙人の座を奪われた英雄』と、『その英雄を信奉する蛮族によって夏王朝が倒された』という事実、ということであろう?」
蒼天の説明を聞いて仁吉は腑に落ちたという顔をした。
「つまり、胡というレッテルを貼られた結果、そのゲイ、とやらが不八徳にカウントされることになったということか」
『ああそうだ。不八徳の“羿”が元はどんなモノであったかなど分からない。ただし、その歴史から胡となり、妄執に囚われて悪に走ったことだけは間違いあるまい』
蒼天と仁吉の説明は理屈としては分かる。しかしまだ泰伯には不可解なところがあった。
それは説明に不備があったのではなく、神話の登場人物まで含まれおり、しかも歴史的見地と神話的解釈の入り混ぜになった状態でこの世に現れる不八徳とは一体何なのか、ということだ。
しかし泰伯がその疑問を口にする前に、蒼天は船乗りシンドバッドに聞いた。
「ところでもう一つ教えよ。此度の敵と、逆瀬川忠江という娘は関係があるか?」
蒼天は目にいっそう力を込めた。それは敵に向けるものと大差なく、誤魔化したり、虚言を吐けばただでは済まさぬという強い圧を放っている。
『――お前の懸念は羿を倒せば解決する。まだ手遅れではない』
蒼天の圧を軽く流して船乗りシンドバッドは簡潔に答えた。それは蒼天の問いと僅かに噛み合っておらず、忠江と羿の関係性については分からないままだが、蒼天は一先ずそれでよしとした。
「ではそろそろ、敵のことは分かったのじゃから向後の話をせぬか?」
蒼天はまだ声を苛立たせている。
「敵は伝説の射手で、伝説通りにゲッキュウデンなる馬鹿でかいものを撃ち落とす力を持っている。それにどうやって対処するのか、ということじゃ」
「え、敵……そのゲイってのは射手なのかい? それ、かなりキツくないかい?」
仁吉は冷静に言う。蒼天と船乗りシンドバッドの戦闘能力は知らないが、自分と泰伯、龍煇丸の三人だけを見るとその武器は近接戦闘に偏っているからだ。
「弓のほうは、対処のアテはある――」
蒼天はそう言った。
泰伯はその言葉よりも、蒼天の体調が心配になった。顔色は裏山であった時よりもよくはなっているが、やはり懸念は消えない。
「大丈夫なのかい三国さん? その、弓をどうにか出来るかってことじゃなくて……」
「うむ、体調は今は割とマシになったのでの。しかし、魔力を思った以上に消耗した故に前回のように兵を呼ぶことは出来ぬ。その対処の方法にしても、可能な限り温存しておきたい。魔力をそれなりに食うのでの」
「そうか。まあ、そちらは構わないけれど……。体のほうは、病気でもしたのかい?」
先ほどまでの蒼天の顔色の悪さは、少し風邪をひいたというようなものではなかった。そしてその問いには蒼天も不思議がっている。
「余もよく分からんのじゃ、それが。ここのところ毎日での。昼間は高熱にうなされるが、夜になると楽になるの繰り返しでの」
『太陽の呪いだろうな』
「心当たりがあるのかい?」
船乗りシンドバッドがそう口を挟み泰伯は聞いた。
『蒼天、お前――前にあの大蛙の針を受けたな? 羿が射落とした太陽の呪いはその縁者にまで及ぶ。あの大蛙もその対象であり、それに傷を負わされたせいでお前にまで害が及んだのだろうさ』
「あー、まあなんか分かんないけど呪いってならありそうだね。そういう理不尽で無差別なやつ」
龍煇丸は他人事なので軽い調子で笑っていた。
それに抗議したい気持ちもあったが、やはり蒼天が気になったのは、羿の呪いを受けているという忠江は何なのかということだ。
転生鬼籙のことを考えるなら忠江の前世は羿の縁者であったということだろう。しかしそれが何者であるのかは蒼天の知識では分からなかった。
それを船乗りシンドバッドに聞こうとしたその時である。
「荘家防式“無用大祥”!!」
船乗りシンドバッドが叫び、その場にいた全員の力が一瞬だけ抜けた。
そして、遥か彼方から矢が飛来した。泰伯の首を貫いていたであろうそれは、しかし不自然に軌道を変えて泰伯の横を通り過ぎた。