BLACK StorM In THe blank_3
もはや生きているだけで奇跡という状態の泰伯は、しかし躊躇いなくフェイロンに敵愾心を口にした。
体の動きは生まれたての赤子よりも拙く、心細い。木刀を杖の代わりに体を起こそうとしているが、立ち上がることだけでも困難であろう。それでも、泰伯は体を動かすことをやめようとはしない。
『いよいよ頭おかしくなったか? たったの一撃でこの差だぞ? そんな雑魚が俺を倒すとか、どう楽観すりゃ言えるんだ?』
「そう、ですね。貴方と僕とでは、膂力が違う。速さが違う。そもそも……生物としての、格が違うのでしょう」
『ああそうだ。わかってんなら――』
「けれどそれは、僕のやるべきことには関係がない」
『は?』
「交わした約束があって、心に立てた義理がある。ならば、出来るか出来ないかなんてない。やり遂げる、以外のことは、ないんだよ」
そう言って泰伯は本当に立ち上がった。
とても立てるような状態ではなかった。立ち上がれたとして、フェイロンとは勝負にすらならない。しかし泰伯は言った通り、そのようなことは歯鉤爪にすらかけていない。
『ハッ、なんとも……頭のイカれた孺子だ。粋がるのも、そこまで通せば上等だよ。なら――死ね』
フェイロンが鉤爪を振り下ろす。
身体中のあちこちが軋みをあげているが、泰伯はそれを無視して地面を蹴り、鉤爪を避けてフェイロンの懐に潜り込んだ。
それだけで奇跡と言える結果だが、それで満足はしない。
泰伯はそこからさらに木刀を振り下ろす。
だがフェイロンは避けようとすらしない。木刀による攻撃など自分には通じないと――そう思い込んでいるからだ。
しかし。
フェイロンの右肩から袈裟懸けに振り下ろされた一撃は――その身体に痣を与えた。フェイロンの体がよろめく。
(クソ、なんだよ!? こんな棒切れごときが……ッ!!)
何故そうなったのか、フェイロンも、そして泰伯も理解していない。泰伯に至っては必死なので、その一撃がダメージを与えたことすら正しく理解していなかった。
ただし相手に隙が生じたことは解る。
ならば、続けて次の攻撃に入る以外に考えることはない。
『調子に――乗るなッ!!』
しかしフェイロンの次の動きは、泰伯のそれよりもずっと速かった。泰伯の腕を蹴りあげて木刀を弾き飛ばす。そして無防備になった心臓に鉤爪を突き立てようとする。
それで終わるはずだった。
フェイロンの鉤爪が泰伯の心臓に突き刺さろうとしたその時、二人はあるものを見た。
黒い竜巻。
それがフェイロンの鉤爪を止めたかと思うと、やがて人の形となる。剣を構えた黒い人影が、その剣でフェイロンの一撃を止めたのだ。
『ちょっと待ってろ。すぐに終わる』
そしてその人影――無斬がそう言ったかと思うと、泰伯の視界は、旧校舎のある森を離れて違う場所へ移っていた。