覇を征く鳥が焱を纏う
詩季は、高熱にうなされながらも空から降ってきた火の玉の落ちかけている裏山を目指していった蒼天を、呆然と眺めていた。
チャリオットで駆けているため、その後ろ姿は瞬く間に小さくなっていく。
そんな詩季に背後から琉火――龍煇丸が声をかけた。
「あれ、お嬢じゃん?」
龍煇丸は一瞬、何をしているのかと不思議そうな顔をして、そしてすぐに窓の外を見て理解した。そして詩季に駆け寄っていく。
「ねえお嬢、あれ何だよ?」
「ちょっと瑠火!! そのお嬢って呼び方やめてっていつも言ってるじゃない!!」
詩季に怒られて龍煇丸は、神妙な顔をして詩季の右手を取り、膝をついた。
「これは――失礼をいたしました、詩季お嬢様」
恭しくして、詩季の手の甲に口づけをする。
今の龍煇丸は膝上までのスカートであり、膝が直に床に触れている。しかしそれを気にする素振りさえ見せず姫に仕える騎士のように綺麗な所作で詩季に敬意を表した。
「別に、そういうことをしろって言ったわけじゃないわよーッ!!」
「これは申し訳ありません。しかし常日頃、父と兄から詩季お嬢様にはゆめゆめ失礼のないように、ときつく言いつけられておりまして」
「……やめてよね。貴女、顔がいいんだから、急にそういうことされるとなんか変な気分になってくるのよ」
詩季は落ち着かない様子である。
しかし龍煇丸は優しく微笑みを返した。
「お褒めに預かり光栄です。ですが私の顔などお嬢様の宝石のようなご尊顔に比べますれば、ガラス玉のようなものですよ」
「……怒るわよ」
詩季は声に棘を含ませ、ムッとした表情になった。
「怒った顔もまたお綺麗です」
龍煇丸は態度を変えることなくさらりとそう返した。
何を言っても駄目だと判断して、詩季は話を変える――というよりも、本題に戻った。
「それよりも龍煇丸、最近、検非違使に新しい人はいった?」
「いいえ」
「じゃあその、赤毛のちっさい変な喋り方の女の子しらない? 一年でこう……馬車を出す術を使う子なんだけれど」
龍煇丸は首を横に振る。
龍煇丸は桧楯の姉で、共に検非違使であるのだが、桧楯は家族に蒼天のことを言っていないので龍煇丸は知らないのだ。
「そのことについては分かりませんが、まずはお嬢様は安全なところに……」
龍煇丸はそう言って詩季を避難させようとする。
その言葉を遮って詩季は、両手で龍煇丸の右手を握った。
「その子、裏山のほうへ走って行ったの!! お願い……追いかけて、龍煇丸!! あの子を……一人にしないであげて!!」
詳しいことは龍煇丸には分からない。
いや、詩季にすら分かっていなかった。何が蒼天がああさせるのか、そもそも蒼天は何故あんな力を使えるのか知らない。
それでも、詩季には蒼天のことが心配でならなかったのだ。
その切実な思いが伝わってきたので、龍煇丸は頷いた。
「わかりましたお嬢様。それでは不肖、焱月龍煇丸、ご下命の通り行って参ります」
龍煇丸はそう言うと詩季の手を優しくほどき、窓から飛び降りて裏山のほうへ向かった。