draw a line on the sky
蒼天は、玲阿が忠江のことを忘れてしまい、そして忠江の家ごとすっかり消えてしまったことの手がかりを探すために坂弓高校へ来ていた。
ここ数日、蒼天は体調がすぐれず、そして今も熱にうなされている。悌誉からは安静にしていろと強めに釘を刺されているのだが、しかし蒼天はじっとしていることができなかった。
途中、へたりこんだり休憩したりして、ようやく学校についた時にはすでに夕方の四時ごろだった。
(くそ、本当に何なんじゃこの体調不良は? 三日寝込んで快癒せぬのはいくらなんでもおかしいであろう? 余は、ここまで病弱なつもりはないぞ)
しかしそんな疑問は、忠江のことを思えば些事である。
蒼天は鉛のように重い体を引きずりながら、まずは自分のクラスへと向かった。
休日なので当然ながら誰もいない。そして――忠江の席があったはずのところには、違う生徒の席がある。
教室に張り付けてある座席表にも忠江の名前はない。
(やはりじゃ。玲阿の記憶だけからだけ、というわけではない。忠江がいたという痕跡が何もかも消えておる――)
それはあまりにも不可解だった。しかし、いかに蒼天が熱にうなされていても、幻覚を見ているということだけはあり得ないと断言できる。
やはり忠江の身に何か、尋常ならざることが起きたのだろうと蒼天は確信した。
しかしそれが何なのかの手がかりがまるでない。教室を探し回っても、忠江がいたという痕跡が消えているということしかわからなかった。
(それなら次は……とりあえず、職員室かの?)
そう考えたところで、蒼天は急に強烈な頭痛をおぼえた。
脳を杭で貫かれているかのような激痛が襲い、全身が――太陽にその身を投げたような熱を帯びている。
蒼天はばたりとその場に倒れこんだ。
動かなければならないという使命感はあれど、指一本動かすことさえ出来ずに床に伏している。
朦朧としていく意識の中で、蒼天は声を聞いた。必死になって自分に呼びかけてくる誰かの声である。
「悌誉……姉…………?」
まず出てきたのはその名だった。
しかし、声が違う。しかし聞き覚えのある声だった。
「違うわよ!! しっかりしなさい!!」
強く呼びかけるその声に生気を与えてもらっているかのように、少しずつ蒼天の視界がはっきりとしてきた。
倒れた蒼天の頭を自分の膝に乗せ、真剣な顔で叫んでいるのは――ツインテールの少女だった。蒼天はその少女を知っている。
「……なんじゃ、ようかん娘か」
前に木に登って降りれなくなっていたところを蒼天に助けられた、一年二組の詩季である。
「なんじゃとは何よ? 人が心配してるっていうのに!!」
詩季は怒りながら、どこかホッとした様子である。
「ああ、すまぬの。しかし――考えてみれば、おぬしでよかったかもしれぬ。家に出るなと言われたのを破って外出したのがバレればどう怒られるかわかったものではないからの」
蒼天は全身に汗をかきながらも、無理やりに笑ってみせた。
「ちょ、アナタもしかして体調不良なのにわざわざ学校まで来たとか言わないわよね?」
「……そう言うと怒られるのであれば、言わぬことにするかの」
「何よその言い方!? ってことはもしかして図星なの? こんなに熱があるのに出歩くなんて何考えてるのよーッ!!」
「……仕方ないであろう、火急の用が、あったのでな」
「アナタ正気!? 体、ものすごく熱いんだけど? こんな状況で無理してまで来る用事って何なのよ!?」
詩季は喉が枯れんばかりに叫んでいる。それほどまでに、膝に伝わる蒼天の体温は熱を帯びていた。
「まあ、色々とあっての。それに――そなたの膝枕で休ませてもらったおかげで、かなり楽になったぞ」
「嘘つかないでよ!! 全然熱下がってないじゃない!!」
「……気分の問題じゃ。まあ、案ずるでない」
そう言いながら蒼天は、近くの壁を掴んで立ち上がろうとする。しかしその様子は、生まれたての小鹿よりも危なかしかった。
足取りはおろか、壁を掴む手すら弱々しく、すぐにぐらついた体を詩季は支える。詩季は、有無を言わさずに職員室にでも運んで病院に連れて行ってもらおうと思った。
詩季に強引にどこかに連れていかれようとしているのは蒼天にもわかった。しかしそれに抗うだけの力もおきない。
(……もう夕方じゃし、今日は祝日じゃ。悌誉姉の言う通り、休み明けを待つべきであったかの?)
そんなことを考えながらぼんやりと窓の外を見た時である。
蒼天はそこに、異様な光景を見た。
巨大な火の玉が、空から降ってきた。それは空に赤い線を引くように裏山のあたりへ落ちようとしている。
そして――蒼天の体の動きが止まった。
今の蒼天は足を動かしていない。詩季に強引に体を引きずられている状態である。それなのに止まったということはつまり、詩季が足を止めたということだ。
「嘘……。なによ、あれ――?」
横を見ると詩季も窓の外を見て驚愕の表情を浮かべている。つまりこれは、蒼天が熱にうなされて見た幻覚ではないということだ。
しかしそれ以上に、蒼天は直観的に確信したことがある。
あの燃え盛る火の玉が落ちる場所。そこに――忠江の手がかりがあると。
何故そう思ったのかはわからない。しかし、火の玉を見た瞬間に蒼天の熱はいっそう激しさを増し、額から滴り落ちる汗は床に落ちた瞬間に蒸気となって消えていた。この熱こそが根拠だと――何故か蒼天はそう感じたのである。
「……離せ、ようかん娘」
蒼天は、静かな声で言った。
「ど、どうしたのよ急に?」
その声があまりに冷たくて、詩季は窓の外に広がる光景すらも忘れて思わず背筋を震わせた。
「――手を放せと言ったのじゃ、シキ」
熱に侵されている蒼天よりは、今の詩季のほうが力はあるはずだ。
しかしその声の、喉元に刃物を突き付けられているかのような鋭さに思わず詩季はその手に込める力を緩めてしまった。蒼天は詩季の手を振りほどき、窓を開けるとそのヘリに足をかけた。
「シキ。世話になったの。それで、一つ頼みたいのじゃが――」
「な、なによ?」
「できれば暫し目を伏せておいてくれ。それが無理なら、この場で見たことは忘れよ」
そう言うと蒼天は、詩季の返事を待たずに窓から飛び降りた。
「“曳け”――騎匣獣」
そして地面に体が届く直前に、チャリオットを作り出してその上に着地すると、そのまま手綱を取って裏山のほうへとチャリオットを走らせた。
そして詩季は、目を伏せることもせずにその一部始終を眺めながら呆然としていた。
そこに――。
「あれ、お嬢じゃん?」
後ろから声を掛けてきた人物がいる。
それは二年生の南茨木琉火――検非違使の戦士、焱月龍輝丸だった。