tonight will be sunny with meteor
泰伯はハクに精神世界で特訓をつけてもらった。
といっても一時間程度のことであり、内容も特筆するような変わったものではない。
ハクが泰伯に言ったのは、剣を振るう時に、目を瞑って剣が伸びるイメージをしながら剣を振るうこと。それだけである。
それをしながらひたすらに素振りを繰り返しただけだ。
そして当然、一時間程度の稽古一度で何かが変わるわけもなかった。
泰伯は昼から生徒会の用事もあったのでほどほどのところで切り上げるとハクに言う。
「ところでハク。これ、ここから出るにはどうすればいいんだい?」
『どうするもこうするも、出してやるから安心しろ。それよりも――』
ハクは少し厳しい目つきになった。
『この稽古、一日一時間以上やるなよ』
「どうしてだい?」
『他が狂う。戦闘中の遠近感覚とか、技を当てる時の勘がおかしくなるかもしれないんだよ』
その説明に泰伯はなるほどと思った。
ハクに言われた通りに素振りしている時は泰伯はどうしても遠くを意識していた。目を瞑っていても、その前に見た遠くに心の中で焦点を当てていた。
しかし剣の戦いは接近戦だ。
この稽古に慣れてしまうと、戦闘中にも無意識に遠くを意識してしまって目の前が疎かになるかもしれない。
「わかったよ。確かに、君の言う通りだ」
『ならいい。んじゃ戻してやるよ』
ハクがそう言うと、いつの間にか泰伯の意識は格技場の中に戻っていた。
格技場の壁に掛けてある時計は一時十分を指している。
生徒会の用事は一時半からなので、泰伯は少し急ぎ目に更衣室に行くとさっと着替えて生徒会室へ向かった。休日に行う理由は、他の役員の兼ね合いで今日が都合が良いとの理由だ。
生徒会室に行くとそこでは二人の女子生徒が座っていた。
一人は黒縁の丸メガネを掛けたおさげの二年生――書記の小林千恵だ。
そして千恵と話しているのが茶髪のロングヘアが特徴の、黒いズボンに半袖のシャツを着た目つきの鋭い三年生――監査の桂慶である。
「遅いぞ茨木」
慶は足を組んで座っており、入ってきた泰伯を睨んだ。
「まだ時間の十分前ですよ。先輩たちは早いですね」
「さっさと終わらせて早く帰りたいんだよ。崇禅寺のやつも遅いしな」
慶は声を尖らせて言う。
「まあ、門戸厄神くんもまだ来てませんし」
千恵がフォローするように言う。しかし泰伯と慶はそんな千恵に呆れたような視線を投げた。
「あのアホが来るわけないだろ。どうせ今ごろどこかで女の尻でも追っかけてるだろうさ」
「左府が来ることなんてまずないからね。下手に来ようものなら、雨どころか隕石でも降ってくるんじゃないかって気分になるよ」
慶も泰伯も辛辣だ。
しかし話題の生徒会役員――門戸厄神左府の人柄を考えればそれは妥当である。
サボりの常習犯で素行不良が目立ち、それでいて女の子と遊ぶのが好きでついに留年までしてしまったというのが周知の事実なのでこのように言われているのだ。
「崇禅寺のやつも、あんなのさっさとやめさせればいいんだよ。いくら監視と更生のためといっても生徒会にまで入れることはないだろ」
「まあ同感ですね。少なくとも、僕は次期にあいつの面倒見る気はないです」
たまに蔵碓が首根っこを押さえて連れて来ることはあるが、自発的に生徒会室に来たことは一度もない。なので今の生徒会は実質四人でまわしているようなものだ。
そして、次期――つまり、蔵碓が引退した後の話が出たので千恵が泰伯に聞いた。
「そういえば茨木くん、次の生徒会のメンバーはある程度考えてるの?」
坂弓高校は生徒会、委員会ともにナンバー2が次のトップになるという暗黙の了解があるので、順当に行けば次の生徒会長は泰伯になる。
そして生徒会のメンバーは会長が選ぶことになっているのだ。
「いいや、まだ何も。でも、小林さんには残ってもらえると助かるんだけれどどうかな?」
「私はいいよ」
「しかし呑気だな茨木。もう五月だぞ。なんだかんだしてたら選挙なんてすぐなんだし、そろそろ一年を物色して副会長候補だけでも見繕っとけよ」
咎めるような口調で慶が言う。
「物色ってそんな、物じゃないんですから」
「じゃあ選抜か、選出か。どっちでもいいからとにかく考えとけよ。去年みたいにバタバタすると残留する役員も面倒だし、何よりお前が苦労することになるんだ」
慶は口調こそぶっきらぼうだが、その言葉は泰伯を気遣うものである。それが分かっているので泰伯も素直にその言葉を聞いていた。
「というかこういうこと、ホントは崇禅寺が言うことなんだがな。あいつ何か、そんなこと言ってきたか?」
「いいえ全く」
泰伯の言葉に慶は舌打ちし、あのクソ会長めと毒を吐く。慶は蔵碓と並んで生徒会役員の三年生であり、蔵碓に対しても遠慮がない。
人柄や行動力に関しては蔵碓は抜群なのだが時に頑固な蔵碓を制するのは慶の役割なので、そう言った事情を知る一部の生徒からは生徒会の影のボスと呼ばれていた。
「つーかマジで来ないぞ崇禅寺。あと三分で時間だってのに」
慶が不機嫌そうな顔をする。
普段、蔵碓は基本的に一番早く来ているので今日はかなり珍しいのだ。
「時間ちょうどに来たりしますかね?」
「そんな、ゴルゴ13みたいなことしないと思うけれどね」
千恵の言葉に泰伯がツッコミをいれる。
その時、生徒会の扉が開いた。
そして入ってきたのは、髪を長く伸ばしたジャージの男子生徒――生徒会一の問題児、門戸厄神左府だった。