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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter3“*oon *as**e *a*ling”
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剱境越克

 凰琦丸の使っていた剣技について手ほどきをしてやるとハクは言った。

 確かにハクの言う通り、このところ泰伯は凰琦丸の剣技のことを考えることが多かった。

 あの死線の最中にはそんなことを考える余裕はなかった。

 しかし過ぎ去ってから日を追うごとに、その絶技の冴えに恐怖と共に感嘆を覚えるようになったのだ。

 そして『坂弓フードフェス』の時に義華と対峙し、その技の一端に再び触れてついに泰伯はそのことが頭から離れなくなったのである。


『ま、俺は淼月(びょうげつ)と違って妙手じゃないが、だからこそいくらか砕いて伝えてやれるはずだぜ』

「ん、いや待ってくれハク。なんかさっきから、その……君の口ぶりを聞いていると……」


 淼月が凰琦丸(おうきまる)の姓だということは泰伯も覚えている。ハクが泰伯の体験を見知っているのであればあの戦いを把握していても不思議ではないのだが、どうも泰伯にはそれだけではない親しみのようなものを言葉の節々から感じた。


『ん、ああ。知り合いだぜ。まぁ、お前が闘った淼月とは違うだろうがな』

「どういうことだよ? もしかして襲名制とか?」

『どうやらそうらしい。俺も詳しいことは知らないが、淼月凰琦丸を名乗る奴を一人知っててな。襲名制と、お前が執心のその技――確かあいつは“剱境(けんきょう)越克(えっこく)”とか呼んでたか?』


 そう言いながらハクは、地面に指でその字を書いて泰伯に説明した。


「“剣境越克”?」

『剣の道を極め、刃の境を越える技……らしい。まあ、お前も経験したからわかるだろ? 刀身を越える間合いってやつだ』

「まあね。けれど、“無斬”にもそういう技はあるじゃないか?」


 泰伯は“無斬”の遠隔斬撃を指してそう言う。


『あれはあくまで剣としての能力だよ。原理で言えば、魔力で剣の延長線に刃を作って射程を伸ばすだけだ。結果は同じように見えるかもしれないが全く違う』

「そうなのかい?」

『ああ。というか、“無斬”にそういう能力があるの自体、俺が“剣境越克”を参考に付けた能力だからな。だが、現象の再現は出来ていても本質はまるで違う』

「というと?」

『“無斬”につけたのは……俺は、『南風黒旋(はえのこくせん)』と呼んでるんだが、性能に限界がある。はっきり言って“剣境越克”よりも射程はないし脆い』


 ハクはきっぱりとそう言い切った。


『俺の知る淼月は、極めれば敵が世界の果てまで逃げても斬れると豪語してたよ。本当か嘘かは知らないが、そう思わせるだけの技量はあったな』

「なるほど。しかし……その“剣境越克”というのは、何なんだい?」


 ハクの話を聞けば聞くほど、泰伯はそれが分からなくなってきた。


『“斬の道に至れば、無剣の剣に達する。刃を手にせず剣を掌中に収め、刃を握れば剣を越える。泰山を(きっさき)とするが如く、長江を刃とするが如く。千里闊達(かったつ)、展延無窮の剣なり”だとよ』

「……それ、本当に剣技の説明かい? なんだか、昔読んだ老荘思想の説話にでも出てきそうな、概念的な話っぽいんだけれど?」


 少なくともこの言葉から何かを掴み取る、ということを泰伯は出来そうにないと思った。ハクの説明はそれほどまでに抽象的である。


『まあ、実際そいつはそういうの好きだった気がするな。そして俺も、『荘子』は普通に好きだったりする』

「……僕にはあれは、分かる話と分からない話が極端でさ。挫折して、あんまり内容覚えてないんだよ」

『ま、今のうちはそれでいいさ。(じじい)になったらまた読み返してみな』


 ハクは笑いながら言った。


「……君、何歳なんだよ?」

『さてな。自分でもよくわからんというか、説明に困る』


 そう言いながらハクはまるで困ってるという顔ではない。言いたくないだけなのかもしれないと思い、深く聞きはしなかった。


『んで、話を“の剣境越克”に戻すぜ。さっきのそれは、俺が聞いた説明をそのまましただけだ。流石にそれで分かれなんて言わないさ』

「まあ……手取り足取り教えてくれとは言わないけれど、もう少し優しくしてほしいな」

『というか、俺も聞いた時は何がなんやらだったからな。あ、こいつ説明する気ないなと思ったし』


 ハクの言葉に泰伯は大きく頷く。


『しかしまあ、ある程度わかった今なら、感覚って意味なら荒唐無稽というわけでもないのは分かる。――いや違うな。荒唐無稽なんだが、それは説明する気がないからじゃなくて、そもそも“剣境越克”という技そのものが荒唐無稽だから、そいつの真髄を言葉にしてしまうと、概念的で要領を得ないものになるというほうが正しい気がする』


 泰伯はまた話が分からなくなってきた。


『要するにだ。達人技というものは出鱈目なもんだということだよ。例えばそうだな……お前、車や電車を仙術だと思うか?』

「思わないよ」


 車や電車は知っているのか、と少し思ったが話の腰を折りそうなので泰伯は言わなかった。


『なら、そいつを紀元前の人間に見せても、そいつらは同じことを言えるか?』

「……言わないと思うよ」

『だろう? さらに、車の開発者とか技師を連れて行って、紀元前の人間にその仕組みを一から説明させたら、なるほどこれは不思議な術の類ではないと理解出来ると思うか?』

「一万人に一人くらいなら興味を持つ人はいそうだけれど……」

『だろう。つまり、達人の奥義ってのはそういうもんなんだよ。前提の知識、見えている光景が違う。だからそれをどうやって説明しても理解出来ない。摩訶不思議な言葉の羅列にしか思えないんだろうぜ』


 ハクの説明で泰伯は納得がいった。

 しかしそうなると、達人の技を修めるには達人の視座がいるということになる。先ほどの説明を聞いて抽象的だという感想しか持てなかった自分にはそれは無理なのではないかと泰伯は顔を暗くした。

 ハクは泰伯のそんな不安を察し、励ますような口調で言う。


『いや、お前なら出来るよ。お前はあの荒唐無稽な技を見ても、それを技術だと直感出来た。それはお前が達人に近い感覚を持っているからだ。だからあと一つ大事なのは――信じることだ』

「信じること?」

『ああ。自分を信じるとかいう話じゃない。剣を極めればそういうことが出来ると信じて鍛錬に励むんだ。“疑事に功無し”ってやつだよ』


 疑事に功無し。つまり疑いながらの行いに結果は伴わないということである。

 そう言われると泰伯は、凰琦丸の技を目の当たりにし、執心しながらも、まだ心のどこかでそれを純粋な剣技と信じきれていなかったのだと自覚した。


(だけど、そうだ――。僕は、もっと強くなりたい!!)


 それが泰伯の本心である。


「わかったよ。信じてみる。疑うことをやめてみる。だから僕を鍛えてくれ!!」

『ああ、任せろ』

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