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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter3“*oon *as**e *a*ling”
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是斬之斬、非不斬之斬也_2

 部活後の泰伯は、昼食を食べに行くという賀路と分かれてまだ一人、格技場に居残っていた。

 そして先ほどの信姫の稽古を追想している。

 その時だった。視界の先に黒いもやがかかったかと思うと、急に意識がどこかへ引っ張られ、気がつくと泰伯は格技場ではない場所にいた。

 滝が轟々とうねりをあげる大自然のただ中。

 泰伯は前に一度、ここへ来たことがある。

 それはまだ泰伯が宝珠を手にする前のことだ。旧校舎前でフェイロンと遭遇し、死にかけていた時に無斬に連れてこられたのがここである。


「……はぁ、相変わらず、唐突だったり強引だったりこっちの都合は考えてくれないな」


 ため息をつきながら泰伯はとりあえず歩きだす。

 無斬の姿は見えないが探せば近くにいるだろう。そう思って周囲を見回す。

 そして案の定、一分も歩かぬうちに無斬を見つけた。

 黒襦袢を左前に着たざんばら髪の男。見た目は二十歳そこそこの彼は、石に腰掛けて剣を眺めている。


『よう、泰伯』

「よう、じゃないよ無斬。もう少し君は、僕を呼ぶ時に前振りとか予兆とか出してくれないのかい?」


 無斬の軽い調子に泰伯は少しだけ不服そうな顔をしている。しかし無斬はお構いなしに、


『仕方ないだろ。慣れろ』


 と突き放すように言った。

 そして今度は無斬のほうが何か泰伯に不満があるらしく、目を細めて泰伯を見る。


『それよりお前、俺のこと“無斬”って呼ぶのやめろよ。それはお前の剣の()で、俺は鍛冶師だと言っただろうが?』


 そう言われて泰伯は、前にそう言われたことを思い出す。しかし泰伯はまた不服そうな顔をした。


「と言っても君、名乗ってないじゃないか。僕にとっては現れたころから君のことを無斬と呼んでるから、こっちのほうが慣れてるんだよ。文句があるなら君の名を教えてくれなきゃ」

『あー、そういやそうだったか?』

「……気づいてなかったのかい?」

『いや、今思い出したよ。そういやそうだったなと』


 泰伯は軽くため息をついてから、


「それで結局、僕は君のことをなんて呼べばいいんだい?」

『――そうだな。どうするかな?』


 無斬――泰伯の中の鍛冶師は困ったような顔をしている。泰伯は、何を困ることがあるんだと責めるように眉をひそめて無斬をじっと見た。


『いや、“鬼名”を名乗るかどうかっつう話だよ。お前が信用出来ないとかじゃなくてな……こう、あんま好きじゃないというか』

「……じゃああだ名とかでもいいよ。僕の知り合いには、船乗りシンドバッドなんて偽名を堂々と使っている人もいるからね」

『ああ、あいつか――』


 その時、泰伯の中の鍛冶師は少し神妙な顔をした。

 しかしすぐに切り替えて顎に手を置き、どう呼ばせるかを考えだした。


『じゃあ……ハクでいい』

「へえ、ハク、ね」

『なんだよ?』

「いや、“鬼名”を持ってる中国の鍛冶師なんて、かなり絞れるよねと思ってさ」


 泰伯の中の鍛冶師――ハクとあだ名をつけた彼がどうして名乗りたがらないのかはわからないが、泰伯の中にはいくつか候補があった。


「これが日本の刀鍛冶ならわからないけど、中国って意外と鍛冶師の名前とか逸話ってない気がするんだよ。まあ単に僕が無知なだけなのかもしれないけれどさ」

『まあこの国はな……。なんつーか、卦体(けったい)な剣作りやがってとは思うぜ。何食ったらあんな発想になるんだよ? 河豚か? 河豚の卵巣なんか食ってるからあんな気持ち悪い剣を作ってみようなんて気になるのか?』


 ハクは興奮気味に声を荒げている。

 鍛冶師を名乗る身として、日本刀の鍛造の仕方には思うところがあるのだろう。


「別にいいじゃないか。日本刀はロマンだよ」

『……まあ、少なくとも俺は作らないぞあんなもん。どれだけ頼み込まれたって御免だからな』

「頼まないよ。いらないし。無斬がいい剣だってことは素人の僕でもわかるからね」


 その言葉にハクは少しだけ口元をほころばせた。


「それで、今日は何の用なんだい? 普段は頑なに、朝の道場にしか出てきてくれない君がわざわざ呼んでくれたんだ。何かあるんだろう?」

『ああ、そうだったな。いや、ここのところお前、淼月(びょうげつ)のあの技に執心だったろ? そいつの手ほどきを少ししてやろうかと思ってな』


 そう口にしてハクは立ち上がり、手にしていた剣を泰伯に向けた。

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