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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter3“*oon *as**e *a*ling”
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“omne ignotum pro magnifico”

 信姫に稽古をつけてもらうことになった泰伯は、格技場で竹刀を持って信姫と対峙している。

 お互いに剣道着は着ているが面を含む防具は一切していない。それが条件であると信姫が言ったのである。

 賀路は格技場の端で正座してそれを見ていた。

 必要なことではあるが防具なしの稽古は危険なので、少しでも危ないと思ったら賀路の判断で止めるようにと信姫が頼んだのだ。

 そして稽古が始まる。

 まずは互いに礼をし、竹刀を構える。本来であればこのまま近づいて打ち合うのだが、今回はそれをせず、まずは自分の竹刀をよく見るようにというのが信姫の指導だった。

 泰伯は言われた通りに信姫の竹刀を注視する。

 初めのうちは普段の稽古の時と変わらないと思っていたのだが、徐々に変化が現れる。

 いや、信姫は何もしていないのだ。

 そして泰伯も構えを崩していない。

 にも関わらず、泰伯は自分が追い詰められているような感覚に陥った。

 泰伯は信姫のことがはっきりと見えている。そして彼我の距離はたっぷり十メートルはあり、どう考えても一歩で詰められるような間合いではない。

 しかし泰伯は、信姫の竹刀を見れば見るほど隙が見出せず、仮に攻めろと言われてもどう攻めていいかわからない。

 それどころか、攻めようとした瞬間に負けるとさえ感じてしまうのだ。


「んあっ!?」


 その時、賀路が急にしゃっくりのようなおかしな声を出した。それで緊張の糸が切れた泰伯は賀路のほうを睨む。


「わ、悪いタイハク。でもさ、その……二人のことじっと見てたらその、さ……」

「――なんだよ?」


 泰伯の声には怒気がある。つまらないことなら真剣に怒るぞと言外に含ませていた。


「いやその、真面目な話だぜ? 言葉にするとメチャクチャなんだけど、大真面目なんだよ俺は!!」

「だから、なんだよ?」

「えーと、そのさ……。御影先輩の竹刀が、急にタイハクのとこまで伸びたような気がしたんだ。いや、気がしたというか、そういう風に見えたというか……」


 賀路の言葉はしどろもどろだった。

 偽りを言っているつもりはないのだが、荒唐無稽だという自覚があるからだ。

 そして賀路のその言葉を泰伯は、錯覚だろう、などという言葉で一蹴出来なかった。

 賀路ほどはっきりとそれを認識は出来ていないが、間合いが十分あるにも関わらず手詰まりだと感じている今の状況はまさに賀路の表現のようだと思ったからである。

 そしてそんな賀路に向けて信姫はほほ笑んだ。


「稲野くんは眼がいいですね」

「は、はい? えーと……。ど、どうも……?」


 褒められたはずの賀路は困惑しているが、泰伯は焦りを感じていた。

 つまり、賀路が見たものは錯覚でも何でもなく、それを見て取るためにこの稽古をしているのだと悟ったからだ。

 しかしまだ自分にはわからない。

 そんな焦燥に駆られている泰伯を落ち着かせるように信姫は優しく声をかける。


「落ち着きなさい、茨木くん。そうやって平静を見失うほどに“それ”は見えなくなります。今の私は敵ではありません。これで見えないのならば、もっと見えやすく(・・・・・・・・)してあげ(・・・・)ますので(・・・・)


 それは、右も左も分からない素人相手に手取り足取り教えてあげるような、とても優しい口調だった。

 そしてその言葉の意味はすぐに泰伯の知るところとなる。

 変わらず構えているはずの信姫の竹刀を見ているうちに、段々と竹刀が大きく見え始めてきたのだ。

 刀身が伸び、全体的な大きさも増し、やがてそれを手にしている信姫の体が見えなくなるほどに大きく感じたのである。

 泰伯は以前、父からこう聞いたことがある。『達人と対峙した時、その手に持つ武器が敵の姿を覆ってしまうほどに大きく感じることがある』と。

 その時はピンとこなかったのだが、今の状況はまさにその言葉のままに思えた。

 そして――。

 増大したように見えるその竹刀が泰伯の喉元に当たる。

 泰伯は思わず半歩下がっていた。


「あ、あの御影先輩?」

「稲野くんならば見えているでしょう? 茨木くんも、今度はわかりましたね?」

「は、はい……」


 そう返事をしたものの、泰伯はただ認識出来たというだけで、何をされたのかはまるでわからないでいる。

 しかし経験としてのそれは知っていた。

 前に『坂弓フードフェス』の時の企画で、剣道部顧問の夙川(しゅくがわ)義華(よしか)とエアーソフト剣で対峙した時と同じである。

 剣の気配が増し、届くはずのない剣と肌が触れたような感覚だ。


「あの、先輩……。これ、一体何なんですか?」


 泰伯は緊張したまま聞いた。


「泰伯くんは、観の目は当然知っていますよね?」

「え、ええ。近視眼的な視角に頼らずに物事全体を俯瞰して見る、ということですよね?」

「ええ。その言い方だとすこし大層ですが、剣道をやっている人間ならば大なり小なり、無意識でやっていることですよ。では稲野くん」

「は、はい!?」


 急に名指しされて賀路は背筋を正す。


「安土桃山時代から江戸時代頃にかけて竹刀が開発されましたが、日本刀同士の勝負と竹刀を用いた剣道の最大の違いは何だと思いますか?」


 急な問いかけに賀路は腕を組んで考えている。

 しかし何も思いつかず、おそるおそる、


「人が死ぬかどうか、とかっすか?」


 と言った。


「それはまあそうなのですが、私の言いたいこととは違いますね。では茨木くんはどう思いますか?」

「打ち込みの速さ、ですね」

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